2002年2月14日(木)

電話が怖い
 けさも、朝食を部屋まで持ってきてもらった。とても助かる。Uさんからの連絡待ちのため、外に出る事が出来ない。窓の外を見ると、通勤中のサラリーマン達がぞろぞろ歩いている。みんな一様に黒いコートを着ているので、なんだか異様な感じだ。そういえば、フランクフルトから乗った飛行機でも、パリ市内でも、男も女も、黒いコートを着ている人が多かった。流行なのか、それともコートは黒が当たり前なのか。


 10時頃、もう一度Uさんと連絡をとろうと弟がフロントに行っている間に、部屋の電話が鳴り出した。ビクっとして、恐る恐る受話器を取る。英語でまくし立てられたらどうしよう。「ハロー」と言うと、日本語が聞こえてきた。電話を掛けてきたのは、弟と同じ事務所で働くTさんだ。Tさんはニュージーランド出身で、アメリカの有名な設計事務所にも所属していた事があるという人だ。実はUさんの通訳として、一緒にマンチェスターに来ていたのだ。

 Tさんの話では、「cube」というのはギャラリーで、ポートランド通りにあるのだと言う。ということは、このホテルの並びにあるということではないか。タクシーなんて呼ばなくてよかった。正午に、そこで落ち合うことになった。

こっちが本物
 正午まではまだ時間があるので、「cube」の場所を確認しながら、再び街の中を散策する事にした。果たして「cube」はすぐに見つかった。ホテルから西へ
300メートル位だろうか。場所を確認したので、またタウン・ホールの方へ行ってみる。

 ドームのような建物が目に入る。中央図書館だそうだ。と、近くに観光案内所を見つけた。ここは、タウン・ホールの裏側だ。ガイドブックには“タウン・ホールの中”と書いてあったのに。きのう行ったところは、単なるタウン・ホールの受付だったらしい。ガイドブックの嘘つき!。さっそく本物の観光案内所の中に入ってみる。中央にカウンターがあり、中で3〜4人の職員が働いている。周囲にはたくさんのパンフレットが用意されていて、市内や市の周辺にはたくさんの見所があるようだ。長期の滞在ならあちこち巡って楽しめるのだろうが、残念ながら今回は無理だ。

 隣の部屋は売店になっていて、マンチェスターのお土産が売られていた。きのうスポーツ用品店で見た「マンチェスター・ユナイテッド」のグッズも置いてあるが、少々高めだ。だが、市内にはお土産屋らしいお土産屋がないようなので、マンチェスターを訪れた時には、一度はここを覗いてみた方が良いかもしれない。


 外に出て当てもなくふらふら歩いていると、『G‐MEX』という大きな建物にたどり着いた。昔の駅舎を改装したコンベンション・センターだ。中に入ると、やたらオバサン達が多い。どうやら、レースや編物などの手芸の催し物をしているようだ。そそくさと外に出る。正午にはまだ時間があったが、「cube」に戻る事にした。

いよいよ合流
 ちょうど「cube」の前でUさん達と出会う。Tさんとは以前お会いした事があるが、事務所の代表者であるUさんとは初対面だ。挨拶をする。Uさんも口髭を生やしているが結構若い人だ。

 Tさんの隣にきれいな女性がいた。この方はTさんのガールフレンドで、ベルギー出身のEさんという。彼女は母国語であるオランダ語のほか、仏・英・独はもちろん日・韓・中の言葉も操るのだという。なんともインテリジェンスなグループに、僕ら兄弟は場違いなんじゃないのかしら?


 「cube」の中に入る。弟の事務所で作った建築模型や、なにやらオブジェのようなものが展示してあった。講演は地下の一室で行われるらしい。

 行ってみると、昼食にパックに入ったおにぎりとサラダが用意されていた。割り箸も付いている。たぶん主催者のこだわりなんだろうな。オジャマ虫の僕も、おにぎりとコーラを頂く。ゆうべチャイナタウンで食べたご飯と違って、よく炊けている美味しいご飯だ。ついついここがイギリスである事を忘れてしまいそうになった。

講演会の始まり始まり〜
 おにぎりを食べ終えた頃、Uさんの講演が始まった。テーマはなんと『日本のラブホテルについて』!。ラブホテルというのは日本独自のもので、外国人の興味の対象になるんだろうな。弟の事務所では、一度だけラブホテルの設計をしたことがあるのだという。Uさんは、一度きりの事で何故ウチの事務所が呼ばれるんだろうと不思議がっていた。

 講演は、Uさんの話をTさんが通訳するという形で、パソコンの映像をプロジェクターで投影しながら行われた。弟の設計事務所は時折建築専門誌に取り上げられる事があり、代表者のUさんもいろんな所で講演を頼まれるのか、話がうまい。それがうまくイギリスの人に伝わっているか心配になるところだが、一緒に仕事をしているニ人なので英語への翻訳も間違いなく、しかも分り易く解説するように通訳されたということだ。
ひとりでお散歩
 Uさんの他にも、職業不詳の
A・Tさん、生首や死体等を描く刺繍アートのH・Iさん、日本中の変なものを撮りまくっている写真家のK・Tさんの、三人の日本人が講演をすることになっている。しかし僕はUさんの講演の後、一人でマンチェスターの街を見て回ることにした。この講演会は5時頃終わるというので、その頃までに「cube」に戻ることにして会場を出た。

 当てもなく歩いても仕方ないので、『キャッスルフィールド
Castlefield)』というエリアに行くことにする。ガイドブックには“街の見所が集中している”と書かれているので、どんなところか楽しみだ。ところが、行ってみるとなんだか寂しい。お店らしいお店もないみたい。閑散としていて、なんだか拍子抜けといった感じだ。
これは面白い
 ガイドブックにまた騙されたと思いながら歩いていると、大きな博物館に出くわした。ここが『科学産業博物館
The Museum of Science & Industry)』というところか。ガイドブックによると、1830年にリヴァプールとの間に世界で初めて鉄道が敷かれた時の駅舎を、博物館にしたものだという。入り口に“FREE”という表示がある。きょうは無料で入れるようだ。つまらなかったらさっさと出ようと、軽い気持ちで入ってみる。

 入り口のカウンターでパンフレットを貰う。5つの建物から成り、全部見るのにはかなりの時間がかかりそうだ。無料のせいか、たくさんの人が見学に来ている。まず最初に入った建物には、大きな蒸気機関が展示してあった。そういえば、産業革命はイギリスで起こったんだっけなあ。これらはその当時のものなんだろう。

 奥の建物に移動する途中、敷地内に線路が敷かれてあるのに気が付いた。元々駅舎だった所だからそのまま残しているんだろうなあと思っていると、その線路の上に蒸気機関車が乗っている。それも、ごく初期の型のものだ。あらら、とカメラを出そうと思ったら、お客を乗せた客車を引っ張り、行ってしまった。敷地内を往復するサービスでもしてるんだろう。たぶん
1830年のSLを復元したものではないだろうか。まさか当時のものを走らせているのではないと思うのだが。

 次の建物では「
Underground Manchester」というのが面白かった。地下に下水道の歴史を展示してあるのだ。昔からのトイレ形態の変化や、下水道のトンネルなどを再現してあり、薄暗くて狭い通路を進みながらそれらの展示を見て回るというものだ。博物館というより、まるでアミューズメント・パークといった感覚で楽しめる。ただちょっと暗いので、展示を見るのに懐中電灯が必要かも。
必見!
 地上に出てパンフレットを見直すと「
AIR & SPACE HALL」というのがある。どうせセスナあたりが天井からぶら下がっている程度のものだろうが、ちょっと気になるので行ってみよう。

 その建物は道路を隔てた向こう側のようだ。一旦外に出なければならない。出る時は売店を通って外に出るようになっている。売店にはお土産品の他に飛行機などのプラモデルも売られていたが、先を急ぐ。

 さあ、「
AIR & SPACE HALL」に入って仰天した。でかくて広いフロアに、たくさんの飛行機が展示してある。まず入り口近くに「イングリッシュ・エレクトリック・ライトニングF Mk6」という2つのジェットエンジンを上下に配した、ずんぐりむっくりとした戦闘機が展示してある。イギリスで初めて音速を超えた戦闘機だそうだ。実機を見るのはもちろん初めてなのだが、中学生の時プラモデルを作った事があるので、妙に懐かしさを感じる。その隣には第2次大戦の名機「スーパーマリン・スピットファイヤー」。これもプラモを作ったなあ。僕は「ホーカー・ハリケーン」の方が好きだけど。その奥には巨大な爆撃機がで〜んと置かれている。これは初めて見る型だ。プラモにはなっていないと思う。名前も知らない。その爆撃機の下には、人間爆弾と言われた日本の「桜花」も展示してある。一式陸攻にぶら下げて出撃した、ロケット式の特攻機だ。何故日本から遠く離れたマンチェスターにあるのか分らないが、きちっと整備展示してくれているイギリスの人に感謝したい。他にも双発のヘリコプターやら何やら、いろいろな飛行機が展示してあった。

 回廊になっている2階部分に上がってみる。上から見る飛行機群も圧巻だ。さて宇宙関連の展示はどこ?と見てみると、天井から「宇宙大作戦(今ではスタートレックと言うらしい)」のエンタープライズ号のちっちゃな模型がぶら下がっている。ちょっと趣旨が違うんじゃない?。

 回廊の一部分に、アメリカやソ連の宇宙開発の展示が少々。「エイリアン」などのSF映画に関連する展示が少々(何故かその中に「ウルトラセブン」のブリキのおもちゃがあった)。そして、イギリスご自慢の「
THUNDERBIRDS」のコーナー。そこには「サンダーバード3号」の高さ1メートルくらいの精密モデルが展示されていた。イギリスも宇宙に関しての研究開発はやっているのだろうけど、この展示は今ひとつパッとしなかったなあ。

 それにしてもこの博物館は面白い。まだ全部を見た訳ではないので、じっくり時間を掛けて廻れば、もっと楽しめただろう。こういった施設が身近にあるというのは、実に羨ましい。出来ればもう一度訪ねてみたい所だ。

反省=今にして思えば、写真を撮っておくべきだった。博物館というのは写真禁止という概念があり、きのう警備員に注意されたという事もあって写真を撮らなかったのだ。写真を撮ってる人もいなかったし…。係員に聞けばよかったんだなあ。ここにはもう来る事も無いだろうから、とても残念だ。こまめに、しかもずうずうしく写真を撮る!。反省点の一つだ。

打ち上げ
 5時にも近くなったので、「cube」に戻る。すると、もう講演会は終わっていた。弟に聞くと、皆さん英語が達者で、そのうち二人はイギリス留学された事があるのだという。話もとても面白かったらしい。

 スタッフとみんなで食事をしようと街に繰り出す。コーディネーターと思われる人が先頭に立って案内しくれている。僕らは後ろから付いて行くだけだ。

 途中、『
Piccadilly Gardens』という広場が工事中になっていた。日本の建築家、安藤忠雄さんが設計した公園を作っているところなのだそうだ。安藤忠雄さんといえばTVにもよく出る超有名人だが、日本というのがそんなに注目されているのだろうか。やっぱりお得意の、コンクリート打ちっ放しの塀が出来上がっていた。安藤さん、頑張ってください。

 連れて行かれたのは、アーンデイル・センターの裏にある『プリントワークスPrintworks)』というショッピング街。バー『ノルウェジアン・ブルーNorwegian Blue)』に入る。こういう所はセルフサービスのようで、カウンターで注文し自分で運んでくる。

 まずは講演会の成功を祝してギネスで乾杯。しばらく歓談する。関係者の一人が、来年(
2003年)4月7日は鉄腕アトムが生まれる日なので、イギリスで何かイベントをやりたいと言う。アトムの誕生日など日本人の僕らでさえ知らない事をイギリス人が知ってるなんて。しかもイベントまでやろうとしている。僕らの年代はアトムで育ったようなもの。出来れば協力したいとは思うけど…。
日本の影響力
 地元の関係者と別れて、刺繍アートのIさん、Uさん、Tさん、Eさん、弟、僕の6人で食事をしようとプリントワークスを出る。

 すると、はす向かいのビルに「無印良品」の店を見つけた。ショーウィンドウに「
MUJI」とあり、その下に「無印良品」と漢字で書かれてある。この「無印良品」といい、きのうの「ユニクロ」といい、日本にいては気が付かないが、日本が海外に与えている影響というのは、実は想像以上に大きいのではないかと思えてきた。そういえばきょうの参加者の中に、不二家の“ペコちゃん”のトートバッグを持っているイギリス人女性がいた。本人が“ペコちゃん”みたいな、かわいらしい女性だったが。
イギリス料理
 店の名前は忘れてしまったが、近くに田舎の民家を移築したような、木造のしゃれたレストランがあったので入ってみる。予約をしていないので食事が出来るのか危ぶまれたが、何とか席を作ってくれた。3階建ての一番上の階に上がる。まずはワインで乾杯。ソーセージ料理を注文したが、これがとっても美味しい。

 イギリスには特にこれといった名物料理が無く料理も美味しくないとか、ひどいのになるとイギリス人は味音痴とかよく聞かされてきたけど、決してそんなことはないと思う。充分日本人の口に合うし、量もちょうど良かった。ただ、レストランに行くときには予約をした方が良さそうだ。
最初で最後の夜
 食後、TさんとEさんは映画「
The Lord of The Ring」を見に行くと言う。字幕無しで楽しめるのは羨ましい。一度、グアム島で映画館に入ったことがあるが、やっぱり字幕が無いのは辛いものだ。

 残った四人で、バーに行こうとUさんが誘う。高級そうなホテルのバーに入る。「それにしても、こんな日本から遠く離れたイギリスのマンチェスターで、この四人がこうしているというのも不思議なもんだねえ」、などという話をしながら酒を飲み交わす。まさしく、一生のうち最初で最後だろうと思う。

 そうこうしている内に、もう
12時だ。僕らは明朝8時15分発のグラスゴー行きの飛行機に乗らなければならない。Uさん達はもっと早く7時の列車でグラスゴーへ行く事になっているし、Iさんはロンドンに戻るのだと言う。そろそろお開きにして、それぞれのホテルに戻る事にした。さっそく荷造りしておかなくちゃ。