12月上旬に、関東地方に住む檀家の方の葬儀で、とある県に行ってまいりました。 電車だと何回も乗り換えをしなければならないし、到着時刻も大して変わらないので 自家用車で行ったのですが、その時に感じたことをお話致します。 片側2車線の道路の右側を走っていたのですが、約100mぐらい先で事故があったらしく パトカーが止まっており、事故処理のため右側車線が通行止めになっている様なのでした。 そこで、渋滞していた左側車線に移ろうとウインカーを出して入れてもらおうとしたのですが、 なんと誰も入れてくれそうもなく、どんどんと隙間を開けずに並んできます。そろそろと入ろうと するのですが後ろからどんどんと追い越して来て入れてもらえません。ここの4~5台は入れ てくれそうにもないので、2~30m先に行き再度左車線に入れてもらおうとするのですが、 誰も隙間を開けてくれず、後ろからどんどんと詰めて来るのです。しょうがないので少し強引に 入って行きやっとのことで入れてもらえたのですが、それにしても、ちょっとブレーキを踏んで 「1台ぐらい隙間を開けて入れてくれてもいいじゃないか!」と少し憤りを感じたのでした。 例えば、譲り合い車線をズルして走ってきて割り込んでくる等であれば、懲らしめてやろうと いう気も起こるかもしれませんが、純粋に道も知らず車線を変更せざるを得ない車なのです。 こんなに冬でも雪の苦労も無く天気の良い、まるで極楽のような所に住んではいても、心は 意地悪でまったくがっかりするような人間達だ!と、大変情けなく思えた出来事でした。 また、渋滞の国道でも中央分離帯を見ると、沢山のペットボトルや空き缶などが捨ててあり ゴミ捨て場のようになっていました。まあこんな事は昭和の時代からも見られた光景でしたが 令和の今の時代になっても、同じ光景で変わっていないとはがっかりの他はありません。 横断歩道でも、歩行者が立って待っている時は、車は止まって歩行者を渡してあげるように なったのはここ最近のことです。こういうマナーにあってもしかるべきで、車からのゴミのポイ 捨てはその心の問題で、未だに人間の心は育っていないのだなあとつくづく思いました。 曹洞宗の道元禅師は「自未得度先度他の心」という、人間の生きる平和への道を教えて おられます。自分は得ていなくても先に他の者に得させてあげよう、という実に損くさいような 教えです。こうして自分よりも他者を救うことを教えているのですが、今の世でこんなことを言う と必ず反発されそうな気がします。もしこれを学校で、先生が子供たちに「他人も大事にして 助けてあげましょうね」などと教えたら、もしかすると保護者からクレームがくるかもしれません。 「弱肉強食の社会に出るのに、『自分の会社の利益を上げる前に他社の事を考えてあげよう』 なんて教えてもいいのですか?」などと言われそうです。 車を運転していても、何だかバスケットボールの試合をしているような感じがします。まるで 格闘技ですよね。球技などでは「どうぞお先に!」なんて言ってたら勝てるわけがありません。 体当たりしてでも自分のボールは相手に渡さないですよね。 だから、球技でも格闘技でもルールがあってそれを守り、人間の心も養うことが大事に なってきます。これをしないで、そのまま人間の生活、例えば車の運転などにも当てはめてし まうと、逆走あり・あおりあり・・・の無法地帯と化してしまいます。 車でも、私なら車線を変更してくるならば入れてあげるし、いきなり道路に出てきた車でもスッと かわし止まるしクラクションもそう鳴らさないです。ゆとりの心と親切心・穏やかな心をもって(笑) 接して運転しています。私はそれだけの運転の上手さと年期・経験を持っていると思っています。 私が教頭をしていた時に、教職員に「どんな子供に育ってほしいか?」と聞いたところ、「相手 を思いやる心を持った子供に育ってほしい。」との回答がほとんどでした。 私の葬儀で行ったあの地方は、おそらくは殺伐とした人間環境があって、学校でもいじめも多く 子供たちも楽しくないつまらない学校生活を送っているのではないかと余計な心配をしています。 今の教育は知識や技術はしっかりと教えるが、人の心や道はないがしろにされているように 思います。食事の時には私達僧侶は「五観の偈」を唱えます。この食事をとるだけの資格がある か反省し、この食物は良薬と心得て頂く、この食を頂いたら成道の為に励むなどを心に誓います。 今の教育でも食育が叫ばれていますが、心を育てるというよりは栄養教育ばかりのように思います。 こうして知識や技術ばかりで心を育てることをあまり気にしない現代の教育では、特殊詐欺が横行 する世の中にはなると思います。頭がいいですが自分の利益ばかりで、人の心は育っていません 人間の心ももっと育てば、親切心のある世の中になるし、そういう会社経営をする方もいると 思います。自分の事だけを考えず他者をも大事にする世の中にしたいと思います 世界中には、日本のように治安が良くなく、麻薬のマフィアが横行したりストリートギャングが 普通にいて恐喝やひったくりや殺人までもが日常茶飯事という国もあるようです。 心の持ちようでは日本もそういう国になることはできます。 球技や格闘技の試合のような社会でなく、不得手でも弱者でも誰もが安心して暮らせる社会に するには、心の持ちようをどうすればいいのか、考えていきたいものだと思います。 |