新年のご挨拶に代えて 2026年1月 第45号
 
母タカヨが 昨年9月7日 満102歳 老衰で天に召されました
 今頃 先にクリスチャンとなって逝った夫と長女に再会し 主イエス・キリストの許(もと)で至福の時を過ごしているのではないかと想像します
 思えば 母が結婚して1年後の昭和20年3月 妊娠7か月の時に召集された夫は シベリアに抑留され 昭和23年6月まで帰還できませんでした 留守中誕生した長女を抱え 夫の実家に身を寄せて 生死もわからぬ者の帰りを待ち続ける辛さは 筆舌に尽くしがたいものであったろうと思います 
 ともあれ 105歳まで生きると決意し 家族のために生き抜き 晩年 徘徊・失禁とは無縁の生き方を貫いた生涯は 人生百年時代の魁(さきがけ)であったのかも知れません 
 生前 親しくお交わりいただいた方々 親身になってお世話いただいた方々に 心よりお礼申し上げます
 
 さて今年6月1日、たかだ内科は
開業25周年を迎えます。これまでお会いした方々が、記憶に残る最高の生涯を送り、行き先を確信して旅立つことができるなら、こんなうれしいことはありませんね。今年もよろしくお願いいたします。
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命とは何か 2025年7月 第44号
 
NHKの「人体V−命とは何か」を観ました。命の最小単位である「細胞」の中では、物質に過ぎない「細胞内キャラクター」と呼ばれるたんぱく質が、遺伝子情報に基づいて10万種以上も作られ、それらが歩き、合体し、連携して細胞の複製を行っているという驚くべき内容でした。それでは原初のキャラクターはどのようにして誕生したのでしょうか。番組では、風の力で歩く「ストランドビースト」模型をパーツに分解し、それを入れた箱を何億年も揺り動かし続けていると、途方もない偶然が重なって、元の形になるかも知れない、と説明していました。よく考えてみると、「ストランドビースト」模型を考えたアーティストがいるように、細胞をデザインした偉大な設計者がいると考えた方が無理のない気がしました。
 日本語の「いのち」の語源は「息の道」で、「息」は「生きる」から来ていると言われます。聖書の創世記には、「神である主は、その大地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。それで人は生きるものとなった」とあり、神は人をご自身のかたち、似姿に創造された、とも書いてあります。こちらの説明の方がしっくりくると思うのですがいかがでしょうか。人間のいのちは神に由来し、神に属し、神に依存している。とすれば、神のかたちを破壊し、いのちを奪うことは、誰にとっても許されないことなのですね。
 さて今年も暑い夏になりそうです。炎天下の畑仕事は避けたいですね。自分の体を過信せず、適度の休息をとりましょう。健康上のことで不安なことや、疑問なことがあれば遠慮なくご相談ください。このためにたかだ内科を利用していただければ嬉しく思います。


時代に仕える 
2025年1月 第43号
 
葛飾北斎は、90歳の死に際に「天我をして五年の命を保たしめば、真正の画工となるを得べし」と語り(飯島虚心著「葛飾北斎伝」:岩波文庫)、その15年前、「富嶽百景」初編のあとがきに記した「七十三才にして稍(やや)禽獣虫魚の骨格、草木の出生を悟し得たり。故に八十才にしては益ゝ進み、九十才にして猶(なお)其(その)奥意を極め、一百歳にして正に神妙ならん歟(か)、百有十歳にしては一点一格にして生るがごとくならん」との決意表明が、妄言でなかったことを示しました。
 使徒パウロは、最晩年ローマの獄中から、「私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現れを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです」と信仰の勝利を宣言しました。(Uテモテ4:7−8)
 絵師と伝道者。生きていた時代と使命は異なりますが、自分の信念あるいは信仰に従ってその時代に仕えました。最期は、斯くありたいと祈らされます。
 さてたかだ内科は、今年6月1日開業24周年を迎えます。生かされているこの時代で、残りの半生を捧げていきたいと思います。今年もよろしくお願いいたします。


永遠のいのち
2024年7月 第42号
 
最近相次いで友人を見送り、死後の世界について、聖書臨死体験者の本を読んで、思いをめぐらしました。聖書によれば、人は死後、ハデスの慰めの場所苦しみの場所に行くようです。両者の間には深い淵があり、行き来できません。苦しみの場所にいる人は、後悔し、誰かが生き返って兄弟達に警告してほしいと訴えます。しかし彼らには聖書があるから、それに聞くべきだと拒絶されます(ルカ16章19〜31節)。タンザニアのガジマ牧師は、車を運転中に心停止し、御使いに連れられて天国へ行った時、家族がいることも忘れ、帰りたくないと言い張りました。米国のアレグザンダー医師は、細菌性髄膜炎で脳機能が完全に停止していた七日間、全知全能の、人格を備え、無条件の愛をあらわす神、創造主とのやり取りを体験し、克明に報告しました。使徒パウロは、「パラダイスに引き上げられて、人間には語ることを許されていない、口に出すことのできないことばを聞いた(Uコリント12章4節)」と記しています。
 友人とは、先に天国に行った方が、様子を知らせてくれることになっていました。まだ何も届いていませんが、想像はつきます。「明日になって僕に会えなくても、悲しまないで。僕を思う度に君が涙を流すことを知っているから。もっと長生きして語り合いたかった。祈り合いたかった。でも悲しまないで。僕はいまイエスさまと共に至福のときを過ごしているから。いつか必ず、また会えるから」。

名医とは 2024年1月 第41号
 
中島敦に「名人伝」という短編があります。世界一の弓の名人になろうと二人の師匠に仕えて修練し、不射の射(無形の弓に見えざる矢をつがえて放ち、飛ぶ鳥を射落とすという技)をも超えた、「至為は為す無く、至言は言を去り、至射は射ることなし」(行為の究極は無為、言葉の究極は沈黙、弓術の究極は弓の忘却)という境地に到達した男の話ですね。晩年この男は、弓の名もその用途も忘れていることが判明します。究極の名人には弓も矢も必要なかったということでしょうか。
 聖書の「創世記」に、「初めに、神が天と地を創造した。・・・・神は仰せられた。『光があれ。』すると光があった。」とあります。万物は神のことばによって創られました。神がことばによって人間を創造されたのなら、人間の病を、ことばによって癒すこともできるはずですね。実際イエス・キリストは、ことばによって人間の病を癒されました。まさに究極の名医と言えるのではないでしょうか。
 明けましておめでとうございます。たかだ内科は、今年6月1日開業23周年を迎えます。皆様のご支援に心から感謝致します。人生120年を目指して、今年もよろしくお願い致します。


弱さを強さに変える力
 2023年7月 第40号
 最近「スティグマスティグマタ(複数形)」という言葉をよく耳にします。聖書にも出てきます。元々は、主人が奴隷の体に、自分の所有であることを示して押す「焼き印」のことです。今では、ある種の病気に罹った人が受ける不当な差別や偏見を意味するようにもなりました。「負の烙印」とも訳されます。スティグマを押された人が苦しむのは、病気だけではないのです。
 使徒パウロは、ガラテヤ人への手紙で、「私は、この身に、イエスの焼き印を帯びている(6:17)」と言っています。イエスに従って迫害に遭い、体に刻まれた、会う人がぎょっと驚くような傷跡をスティグマタと表現し、「イエスの奴隷」であることを誇りとしました。はじめは、苦痛に耐えかねて、取り除いてくれるよう三度も主に懇願したのですが、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである(Uコリント12:9)」という主のことばを聞くに及んで、自分が弱い時にこそ、主の力は完全に現われることを信じ、また体験したのでした。
 スティグマを許容してはなりませんが、存在するのも事実です。自分の弱さを強さに変えていく力が存在することを、聖書は教えてくれています。病気についての正しい理解が、心配や恐れを払拭することもあります。たかだ内科を、このためにも、どうぞご利用ください。 


神は乗り越えられる試練しか与えない 2023年1月 第39号
 
テレビドラマ「JIN−仁−」に何度も出て来るセリフです。江戸時代末期にタイムスリップした脳外科医が、現代の医学知識と制約の多い当時の医療技術をもとに、創意工夫と周囲の協力で、様々の試練を乗り越えていく物語でした。コロナ禍の自粛生活で、最も観られたドラマだったというのもうなずけますね。 
 このセリフは、次の新約聖書のことばに由来しているとも言われています。「 あなたがたが経験した試練はみな、人の知らないものではありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます(Tコリント10:13)新改訳聖書2017」。
 ところで試練と訳されたギリシア語には、誘惑という意味もあるそうで、実際次のような訳もあります。「神様は決して、とてもたち打ちできないほどの誘惑に会わせたりは、なさいません。 神様がそう約束されたのであり、神様の約束は必ず実行されるのです。 神様は、あなたがたが、誘惑に忍耐強く立ち向かえるように、それから逃れる方法を教えてくださいます(リビングバイブル)」。どちらが正しいかは、文脈から判断する以外にないのですが、偶像崇拝や姦淫を戒めている文脈からすれば後者でしょうか。いずれにしろ、信仰者にとっては、神が最善に導いて下さるという、力強い約束なのですね。
 さて、コロナ禍も4年目に突入です。季節性がなく、後遺症が少なからずみられることから、インフルエンザとはかなり異なる印象です。罹らないに超した事はありませんね。どうぞ予防対策は万全に。今年もよろしくお願い致します。

一粒の麦 2022年7月 第38号
 
毎朝、同じ道を通っていると、田んぼの様子がどんどん変わっていくのがわかります。一粒の種もみは、苗代で発芽すると一本の苗になり、水田で数本の茎に成長し、水が抜けるとが出て花が咲き、350〜400粒のもみとなって収穫されます。茎は朽ちて土に還っていきます。見事な稲の一生ですね。
 「一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます(ヨハネ12:24)」。有名な聖書のことばです。「一粒の麦」とはイエス・キリスト、「地に落ちて死ぬ」とは、人類の罪のために十字架にかかって死ぬこと、「豊かな実を結ぶ」とは、永遠のいのちがキリストの死によって人類にもたらされること、を意味しています。
 さらに続きがあります。「自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世でそのいのちを憎む者はそれを保って永遠のいのちに至るのです(12:25)」。「いのちを憎む」とは、キリストがそうであったように、誰かのために一粒の麦となること兄弟のためにいのちを捨てること(ヨハネの手紙T3:16)なのではないかと思います。人のいのちを奪い、領土拡張や資源の独占を目指す生き方とは真逆の生き方です。奪い合う生き方ではなく、与え合う生き方です。
 ともあれ、稲や麦のように豊かな実を結ぶ存在となりたいものです。みなさまの温かい見守りに感謝いたします。


この一事 2022年1月 第37号
 
芭蕉の「ただこの一筋につながる」(『笈の小文』)という言葉に触発されて、新約聖書のピリピ書★を開き、「ただこの一事に励んでいます」ということばの前後を読み返しました。芭蕉の「この一筋」は「俳諧の道」ですが、パウロの「この一事」とは何かと考えたのです。パウロとは、はじめ教会を迫害し、のち復活のキリストに出会って回心した使徒パウロのことです。
 パウロは何かを捕えようとして何かに励んでいました。「死者の中からの復活、すなわち永遠のいのち」を捕えようと「神のことばを宣べ伝えること」に励んでいたのではないかと思います。すでにキリストを信じて、永遠のいのちを約束されてはいましたが、自分自身が失格者になることのないように、自分のからだを打ちたたいて従わせていたのでした。
 人にはそれぞれの「この一筋」「この一事」があると思います。コロナ禍も3年目に突入しました。このような時だからこそ、自分が最も大切にしている「この一事」に励むことができるのではないでしょうか。「たかだ内科」が皆様のお役に立つことができればうれしく思います。本年もよろしくお願い致します。
★(ピリピ3:10-3:14)私は、キリストとその復活の力を知り、またキリストの苦しみにあずかることも知って、キリストの死と同じ状態になり、どうにかして、死者の中からの復活に達したいのです。私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。


二十一世紀最初の疫病  
2021年7月
 
今、全世界を覆っている新型コロナウィルス感染症は、三百九十万人以上の命を奪い、ここ日本でも一万四千人以上の人々を犠牲にしています(6月末現在)。聖書に、「神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息(霊)を吹き込まれた。そこで、人は、生きものとなった(創世記2章7節)」とあります。いのちの源である創造主は、この状況をどう思っておられるのでしょうか。
 コロナと共に生きる道を選択した日本にとって、集団免疫の獲得は不可欠です。その唯一の切り札がワクチンでした。米沢市では、4月下旬から85歳以上の方を皮切りに、7月からは16歳以上の基礎疾患のある方への接種が始まっています。このために、休日を返上して対応しておられる市職員の方々には、本当に頭が下がります。コロナに感染しないように、感染しても重症化しないように、接種機会をのがさないようにしていきましょう。当院でも接種を行っていますが、お急ぎの方には集団接種をおすすめしています。
 ところでたかだ内科は今年六月一日、開業二十周年を迎えました。ご支援をありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。

開業20周年の年に 2021年1月 第35号
 
明けましておめでとうございます。6月1日、たかだ内科は開業20周年を迎えます。思えば開業の年に同時多発テロ事件が起こり、10年後には東日本大震災・大津波・原発事故が襲いました。そして20年後の今、世界はコロナ禍にあえいでいます。30周年を迎える頃、どうなっているか想像もつきません。
 世界は、らせん階段を昇るように徐々に進歩していくようにはみえませんね。むしろ戦争を繰り返しながら破滅に向かっているようにみえます。新約聖書ルカの福音書21章11節に「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり大地震があり、方々に疫病やききんが起こり・・・」とある通りです。しかしこれは新しい世界の前兆でもあります。
 ゼロコロナではなく、ウィズコロナを選択した以上、感染症予防の基本に徹する必要がありますね。マスク着用と換気と手指清潔を徹底し、感染リスクを高める密閉・密接・密集を避けること。熱や咳などのかぜ症状が見られたり、熱咳がなくとも体がだるく息苦しい場合には、迷わず電話で相談し指示を仰ぐこと。この災禍を皆で乗り切っていきましょう。今年もご支援の程よろしくお願い申し上げます。


紀元前十世紀の疫病 2020年7月
 以前この欄の「新型インフルエンザ」の項に「紀元前十世紀に、七万の人を倒したイスラエルの疫病は何だったのでしょうか」と書いたことがあります。これは旧約聖書の歴代誌T21章にある記事で、ダビデ王がある罪を犯した時、神罰として3年間のききん、3か月間の敵の剣、3日間の疫病のどれか選べと言われ、「主(創造主)の手に陥りたい」と答えると疫病が下り、七万人の民が死んだというものです。
 この疫病は、天然痘、黒死病(ペスト)、コレラ、黄熱病、発疹チフス、マラリアなど、どれも可能性がありますね。疫病は止みました。歴代誌U7章14節に、「わたし(創造主)の民がみずからへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求め、その悪い道から立ち返るなら、わたしが親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地をいやそう」とある通りでした。
 今世界を覆っている疫病終息のために、人類は知恵を絞ってあらゆる方法を試みています。一方で、無名の人々の無数の祈りもまた世界中でささげられているのではないでしょうか。


愛とむち 2020年1月 第33号
 
明けましておめでとうございます。令和最初の新年のご挨拶を申し上げます。今年もご支援の程、よろしくお願いいたします。
 さて、今年四月から、しつけとして行われる体罰は、虐待につながるとして法律で禁止されます。体罰といえば、いろりの灰床に、火箸で数字を書いて算数を教えてくれた母を思い出します。わかったふりをするとゲンコツされ、食事を延ばされることもありました。
 旧約聖書の箴言に、「むちを控える者はその子を憎む者である。子を愛する者はつとめてこれを懲らしめる(13:24)」とあります。放任主義はむしろネグレクト(虐待の一種)で、こどもの教育には愛とむちが必要であると考えられていたようです。また「あなたがむちで彼を打つなら、彼のいのちをよみから救うことができる(23:14)」とあるように、子をむち打つのは、創造主をおそれ、人を敬うことを教えて、死から救い出すためでした。昨今の、しつけを口実とした虐待、とは無縁ですね。
 国家の基本単位である家族が、子どもたちにとって健全で人を敬うことを教えられる最良の場となるよう、注意深く見守っていく必要があると思います。 


ハンセン病 
2019年7月
 
皆さんはハンセン病をご存知でしょうか。かつては「癩(らい)病」と呼ばれ、世界中で恐れられ、隔離政策がとられていました。日本でも明治40年「癩予防に関する件」、昭和6年「癩予防法」が成立し、患者さんは療養所に強制収容されました。この病気は「らい菌」に感染した人のごく一部に、数年以上経って発病すること、特効薬が存在し完治しうること、遺伝はしないこと、等が戦後にはわかっていました。にもかかわらず、昭和28年に「らい予防法」が成立し、偏見や差別は助長されました「らい予防法」が廃止されたのは、平成8年になってからでした。
 イエス・キリストは、生まれつき目の見えない人をご覧になった時、弟子たちから「この人が盲目で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。両親ですか」と問われ、「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。この人に神のわざが現れるためです」と答えられました(ヨハネの福音書9章1節〜3節)。ツァラアト(らい)に冒された人には手をのばし、さわって癒されました。
 人はなぜ病気になるのか?「この人に神のわざが現れるため」。このような視点こそ、特定の病気が差別されないために必要ではないでしょうか。


皆様に助けられて18年 
2019年1月
 
明けましておめでとうございます。平成最後の新年のご挨拶を申し上げます。平成2年9月、16年ぶりに米沢に戻り、三友堂病院に勤務。そして平成13年6月、地域密着型医療をめざして「たかだ内科」を開業。平成はわたしにとって、重大な決断を迫られた時代でした。地域の皆様やスタッフに助けられて、今年「たかだ内科」は開業18周年をむかえます。
 年号が変わっても、わたしたちのすることに何ら変わるところはありません。これまで通り、「すべては患者さんのために」「患者さんは家族のように」をモットーに、人間を創られた創造主こそ真の医師と認めつつ、最新・最高の知識・技術をもって、皆様に仕えていきたいと願っています。
 今年もどうぞよろしく、ご支援の程、お願いいたします。


たきりにならないために 
2018年7月 第30号
 
最近「フレイル」という言葉を耳にしませんか。「虚弱」という意味だそうです。加齢とともに人間は、健康からフレイル、要介護、最後は寝たきり状態となりますが、フレイルはまだ健康状態へもどるチャンスがあります。千葉県柏市で、約5万人を対象にした研究があります。 運動習慣も文化・社会活動もある人が、最もフレイルになりにくいのは当然として、運動習慣はなくても文化・社会活動をしている人のほうが、運動習慣だけの人よりもフレイルになりにくかったのです。フレイル予防に大切なのは、人との交流なのですね。
 聖書(創世記)にも、創造主は「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。」と仰せられて人(男)を創造し、その後「人が、ひとりでいるのは良くない。」と仰せられて、女を創造された、とあります。わたしたちは、人との交わりを必要とする存在のようです。ひとりでいるのは良くありません。さあ、外に出ましょう!


新年のご挨拶 2018年1月
 明けましておめでとうございます。今年6月1日、たかだ内科は開業17周年を迎えます。これまで、定期的に通って来てくださった方々、スタッフとなって参加してくださった方々、そして今も支えて下さっている多くの方々に、心より感謝申し上げます。「すべては患者さんのために」をモットーに、「患者さんも、スタッフもみな家族」という気持ちで歩んで参りましたが、理想とは遠く隔たっていたのではないかと恐れます。
 聖書には、「からだはただ一つの器官ではなく、多くの器官から成って」おり、「目が手に向かって、『私はあなたを必要としない』と言うことはできないし、頭が足に向かって、『私はあなたを必要としない』と言うこともできません。それどころか、からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです」。「それは、からだの中に分裂がなく、各部分が互いにいたわり合うためです。もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです」(コリント人への手紙第一12章14節〜27節)とあります。
 人間のからだは、いろいろな器官から成り、各器官は情報交換をしていてネットワークを形成しお互いの必要に敏感だというのです。たかだ内科と患者さんも、ネットワークを形成し、お互いの苦しみ・喜びを、自分の苦しみ・喜びとして、お互いの必要に敏感であればと願っています。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

十戒(じっかい) 2017年7月
 
何かで読んだ話です。見学者の多い、ある有名な工場で、トイレの落書きに頭を痛めていた工場長が「落書き禁止令」を出しても、大して効果はありませんでした。ところがパート掃除のおばさんが、木の札に何かを書いて張り出すと、ぴたりとやんだというのです。そこには「落書きをしないで下さい。ここは私の神聖な職場です」と書いてありました。「ここはあなたの職場と同じように、私にとっての聖域です。だからあなたはもう落書きしませんよね」という、社員を信頼するおばさんの気持ちが伝わってきますね。
 さて「十戒」ですが、イスラエルの指導者モーセが、創造主から授かったという十か条の戒めです。第五戒「あなたの父と母を敬え」は命令形ですが、それ以外は未完了形の否定で書かれているそうです。たとえば第八戒「あなたは盗んではならない」。これは「あなたは盗みません(未来)」という意味で、「あなたは盗むはずがない。わたしの愛する聖なる国民なのだから」という、創造主の人間に対する愛と信頼が込められているとのことです(野口誠:聖書ヘブル語四週間)。こんなに信頼されたのでは、盗むわけにいきませんよね。


新年のご挨拶 
2017年1月
 
明けましておめでとうございます。今年6月1日「たかだ内科」は開業16周年を迎えます。地域の皆様の頼りになる存在として、職員一同、専門知識、技術の研鑽に励んでいきたいと思います。
 前回、呼気や尿の臭いで癌をみつける「がん探知犬」を紹介しましたが、その後「スニッファー(嗅覚捜査官)」というドラマが放送されました。特異な嗅覚を持つ男性が、現場に残された臭いから犯人像をプロファイリングして行くという筋立てが新鮮でした。
 嗅覚をことばで表現し、それを周囲に理解してもらうには、お互いに同じ臭い体験の共有が必要です。「りんご」を食べたことのない人にその味を知ってもらうには、実際に食べてもらって共通体験をすればよいわけです。世の中には、自分が巻き込まれて初めてわかるというわかり方が多くあります。たとえば、聖書に、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます(マタイの福音書11章28節)。」とあります。本当かどうかは、実際に自分で試してみる以外にありませんね。
 今年もたかだ内科を賢く利用していただければうれしく思います。


呼気検査 2016年7月
 
久しぶりに会った友人が、「いつか、吐く息だけで、糖尿病を診断できるようになる」と言って驚かせました。12年前のことです。
 血液は1分間に約5リッターも、肺の毛細血管に流入出します。ほぼ同じ量の空気が肺胞に吸入され、血液と接触し、呼気となって排出されます。血液の情報は呼気にも反映されているはずです。それをつかまえる技術さえあれば、たしかに病気の診断も不可能ではありませんね。呼気検査はすでにピロリ菌感染や気管支喘息の診断に役立っています。
 同様に尿も、元はといえば血液ですから診断に使えます。現に呼気や尿の臭いを嗅いで癌をみつける「がん探知犬」がいるそうです。探知犬が増えてくれば、散歩中の犬に異常な関心を示された人は、すぐに癌の検査、なんてことになるかも知れませんね。


新年のご挨拶 2016年1月
 
明けましておめでとうございます。今年6月、たかだ内科は開業15周年を迎えます。初心を忘れることなく、今年も歩んで参りたいと思います。
 ところで、聖書では人類の歴史を、人類の祖アダムの創造から最後の審判までとし、この期間を「この世」と呼んでいます。人間は「女から生まれた者」(ヨブ記)とも呼ばれ、人が「この世」に入るには、どんな人も女性から生まれなければならないようです。これは胎外受精が可能な現代でも変わりませんね。また「この世」のあとには「次に来る世」があり、そこには「新しく生まれた者」が入ると記されています(ヨハネの福音書三章三節)。「新しく生まれた者」に興味のある方は聖書を読んでみてください。
平成26年は100万人が「この世」に入り、127万人が去りました。27万人の減です。人口減少はこれからも続くでしょうが、たかだ内科は、今後もこの地域で皆様に仕えて行きたいと思っています。今年もよろしくお願い致します。


日本医療の70年 2015年7月
 
1950年5月29日付の「天声人語」に、「原爆よりももっと大量に日本人を死なせつつある結核がある。広島の死者は七万八千余だった。結核死亡者は昨年だけで十三万八千数百人あった。一発のA爆弾による死者の約二倍が年々歳々結核で死んでいるのだ。」とあるそうです。戦後五年目ともなると、原爆の脅威は徐々に薄れつつあったのでしょうか。翌51年から核実験の回数は急増し、現在まで二千回以上に及んでいます。原爆より恐ろしいとされた結核は激減し、代りに悪性腫瘍が、昔の結核以上に増え続けています
 この70年で医学は進歩したのかとよく問われます。本当のところよくわかりません。COPD(慢性閉塞性肺疾患)は治るのかともよく訊かれます。肺の再生が可能になれば治るはずですと答えています。これからも難しい質問をして、たかだ内科を利用していただければうれしく思います。


戦後70年 2015年1月
 明けましておめでとうございます。今年はたかだ内科開業14周年、日本は昭和20年8月15日から満70年をむかえます。
 70年といえば、真っ先にイスラエルのバビロン捕囚が思い浮かびます。紀元前6世紀、バビロニヤ帝国に捕囚となったユダヤ人達は、すぐにも創造主が帝国を滅ぼし、自分たちを解放してくれるものと考え、体制に反抗的でした。それに対して預言者エレミヤは、彼らに手紙を書き、バビロンがもうすぐ滅びるとの虚言に惑わされることなく、落ち着いた生活を送り、バビロンの繁栄を祈るように、民を諭しました(エレミヤ書29章)。そして、70年の捕囚期間が終わると、帰還をゆるされ、イスラエルは復興されると語ったのです。文字通りそれは実現しました。
 当時のイスラエルと現在の日本を重ねて考える必要はありませんが、今年は日本の医療の70年をじっくり考えてみたいと思っています。皆さんもそれぞれに、この70年間に思いをはせてみてはいかがでしょうか。今年もよろしくお願い致します。


健康と病気の間 2014年6月
 
上の血圧が200あっても、血糖値が200でも、症状がなければ、医者に行くのは稀です。放置すれば命にかかわりますが、誰かに指摘されない限り、その深刻さに気づくこともないでしょう。定期健診や人間ドックは、自分の健康状態に関心を向ける良い機会です。正常か異常かを判断するには、基準が必要ですが、それを決めるのは容易ではありません。定期健診も人間ドックも、病気予防が目的ですから、基準を厳しくしています。
 平成24年の四大死因は、悪性新生物、心疾患、肺炎、脳血管疾患でした。心疾患と脳血管疾患による死亡者は25%を占め、その原因は動脈硬化と考えられています。血圧、血糖、脂質の異常を早く見つけ、生活習慣の改善を図ることで、日本人の平均寿命は、男女とも世界トップクラスとなりました。それゆえこれまでの基準は評価されるべきでしょう。
 ところで先ごろ、日本人間ドック学会は、新しい基準範囲を発表しました。「新しい基準だと、薬は不要」と考える人もいるかも知れませんね。この基準は当院の基準に近いものですが、正しいかどうかは、あと5年から10年の追跡調査が必要です。ですから不用意に治療を中断してはいけません。心配であればいつでもご相談ください。


死後の生 2014年1月
 
臨死体験者の多くは、死は終わりではなく、死後の世界があると主張します。その体験には共通性はあるものの、千差万別で、実証は不可能です。それでも完全に否定することはできないのではないかと感じる人は多いでしょう。
 聖書には、死後の生について、実に多くのことが書かれています。ルカの福音書16章19節〜31節には、ある金持ちと、その門前で物乞いしていたラザロのことが語られています。二人は死んでハデス(よみ)に行きます。同じハデスでもラザロは慰めの場所(パラダイス)、金持ちは苦しみの場所です。金持ちは炎の苦しみの中で水を求めますが与えられません。そこで自分の兄弟達が悔い改めて、こんな場所に来ることがないよう、「ラザロが生き返って警告してくれ」と懇願します。それに対する応えは「彼らには律法(聖書)がある。聖書の教えに耳を傾けないなら、だれかが死人の中から生き返っても聞き入れない」というものでした。
 人の寿命はせいぜい120年で、死後の生は永遠に続くというなら、生きている間悪い物を受けても、死んでから良い物を受けたほうが得です。金持ちができなかった「悔い改め」とは何か。続きは聖書を読んでいただくとして、今年も120歳を目指していきましょう。


よきサマリヤ人(びと) 2013年6月 第20号
 
「機内にお医者さまがいらっしゃいましたら、客室乗務員にご連絡下さい」。このようなアナウンス(ドクターコール)を聞いた事はありませんか?実際は千回のフライトで一件あるかないかだそうですから、幸か不幸かまだ経験はありません。このとき手を挙げる人をよきサマリヤ人と呼ぶそうです。
 由来は、ルカの福音書10章25〜37節にあります。「創造主を愛し、あなたの隣人を自身のように愛すれば、永遠のいのちを受ける。」とキリストからお墨付きを得た律法の専門家が、「では、私の隣人とは、だれのことか。」と質問します。「ある人が強盗に襲われ半殺しのまま放置された。そこに祭司、レビ人、サマリヤ人が順に通りかかった。先の二人は反対側を通り過ぎて行ったが、最後のサマリヤ人は傷の手当をし、宿屋に連れて行って介抱した。この三人の中でだれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思うか。」とキリストは逆に質問します。「その人にあわれみをかけてやった人だ。」と答えると、「あなたも行って同じようにせよ。」と命じられてこの話は終わります。よきサマリヤ人になることはキリストの命令なのですね。
 カナダや米国には、「よきサマリヤ人法」というものがあって、急病人を救うために、その場に居合わせた人が善意で行った行為については、結果はどうあれ責任を問われないそうです。そしてこれまで、キリストの命令に従って訴えられた事例はないとのことです。「牢につながれている人々を、自分も牢にいる気持ちで思いやり、また、自分も肉体を持っているのですから、苦しめられている人々を思いやりなさい。」(ヘブル人への手紙12章2節)


世界を変える 2013年1月
 iPhoneやiPadなど、独創的な製品を世に送り出した故スティーブ・ジョブズ氏は、世界を変えた男(NHK)と言われています。彼の心には「この世界を良くしたい」「人々を大切にしたい」という信念があったそうです。 iPS細胞の開発者で、昨年ノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授は、「難病の人々を治したい」という思いを熱く語っていました。そういう思いがいつしか世界を変えていくことにつながるのですね。
 ところで、聖書には、「世界を変えなさい」ということばはありませんが、「心の一新によって自分を変えなさい(ローマ人への手紙12章2節)」、「何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい(マタイの福音書7章12節)」と書いてあります。診療であれば、「自分が診療してもらいたいように、ほかの人にも診療する」ということになるでしょうか。ジョブス氏や山中教授のような能力はなくとも、「自分がしてもらいたいように、ほかの人にもする」ことなら、誰にでもできそうな気がしてきます。
 今年もたかだ内科は、「すべては患者さんのために」をモットーに歩んでまいります。皆様のご支援をよろしくお願い致します。


母性(父性)の証明 2012年10月
 
DNA鑑定によれば、99.99%の精度で親子を確定できるそうです。親子鑑定の訴訟は昔からあったようで、「大岡政談U」(東洋文庫)に、「実母・継母の御詮議の事」という話が載っています。大岡越前守は、ふたりの母に10歳の娘の手を引っ張らせ、「勝ちし方へその子を取らすべし」と言います。また旧約聖書の列王記第一に出てくるソロモン王は、ふたりの遊女と赤子の前に剣を持って来させ、「生きている子どもを二つに断ち切り、半分をこちらに、半分をそちらに与えなさい」と命じます。どちらの話も、子どもをかわいそうに思って相手に譲ってやった方が、勝訴することになっています。この方法は親子の証明にはなっていない気もしますが、子どもを育てる親として、どちらがふさわしいかを見分けることには成功していると思います。
 虐待によって命をおとす子どもが後を立たず、子どもが痛みで泣き叫ぶのを見ても、あわれに思わぬ親が増えてきている今の時代、DNA鑑定だけでなく、母性(父性)の証明も必要かも知れませんね。


死を生に変える 2012年1月
 
昨年日本は、約一万五千人の命が一瞬にして失われるという経験をしました。また近隣でも例年になく多くの方々の訃報を耳にしました。明治44年、 夏目漱石は、二歳にも満たない愛娘の突然の死に接し、12月3日の日記に、「昨日は葬式今日は骨上げ、明後日は納骨明日はもしするとすれ ば待夜である。多忙である。然し凡ての努力をした後で考へると凡ての努力が無益の努力である。死を生に変化させる努力でなければ凡てが無益である。こんな遺恨な事はない。」(原文のまま)と記しています。愛する人を失った多くの方々も、おそらく同じ気持ちでしょう。特に「死を生に変化させる努力でなければ凡てが無益である。」ということばに共感するのではないでしょうか。
「死を生に変える」、これは医学・医療の永遠のテーマでもあります。当院はと言えば、これまでどおり、この地域の皆様のために、自分たちのできることを、淡々と、成し遂げていく以外にありません。肉体的、精神的、社会的、霊的な被造物である人間が、自分らしい生を全うして死を迎え、次に来る世に入ることができたらすばらしいことです。そのために少しでもお役に立てればよいと思っています。 皆様のご支援を今年もよろしくお願いいたします。


大震災の年に開業10周年を迎えて 2011年6月
 
この度の東日本大震災・大津波では、何度も「どうして?なぜ?」という声を耳にしました。こたえの出るはずもないことはわかっているのに、どうしても発せずにはおれない言葉。「どうしてわたしたちが?」という声。一方で「なぜわたしたちでなかったの?」という声もありました。後者の声が大きくなって、日本が今ひとつになることを期待したいですね。弱いときにこそ身にしみてわかることがあります。内外からの応援メッセージは、とてもうれしく感じました。全世界も巻き込まれることになるかも知れない難題に、日本は直面しています。どう対処して行くのか、やり方しだいで世界が変わるかも知れません。
 思えば開業した2001年は同時多発テロ事件が起こった年でした。人災と天災の違いはありますが、対応の仕方によっては、問題が大きくも小さくもなることを教えてくれました。がんばろう日本、ひとつになって、世界が進むべき道筋をつけよう。わたしにできることは、この地域で与えられた仕事をただ粛々と行うことです。創造主が癒し、笑顔が戻るとき、努力は報われるのですから。今後ともよろしくお願い致します。


新年のご挨拶 2011年1月
 
明けましておめでとうございます。今年「たかだ内科」は開業10周年を迎えます。皆様に支えていただかなければ、こんにちはありませんでした。心から感謝します。
 開業以来毎朝、職員と一緒に確認していることがあります。
  1. 患者さんには自分の家族のつもりで接すること
  2. 地域に住む人々にとって頼りになる存在となること。
  3. 自分自身の鍛錬と向上を毎日心掛けること。
 ここに来ればスタッフは自分をとても大切に思ってくれる困ったことがあればおっくうがらず相談に乗ってくれるわからないことがあればていねいに説明してくれる、そんな癒しの空間を目指しました。どれだけ達成されているか心もとない限りですが、少しでも皆様のお役に立ちたいという熱意は汲み取っていただけるものと思います。
 もちろん、「たかだ内科は、地域住民の疾病の早期発見、早期治療のために努力します。また、住民ひとりひとりが健全な生活習慣を確立するために協力します」とうたっておりますから、専門的な知識、技術が未熟ではお話になりません。日々精進し皆様の期待に応えたいと願っております。
これまでの10年と同様、これからの10年も支えていただければ幸いです。


ノーベル賞 2010年10月
 今年はノーベル化学賞が2人の日本人に授与されることになり、日本中が沸きましたね。これで2001年からこの10年間で、日本国籍を有する日本人の、自然科学系受賞者は8人となり、英国と肩をならべて2位。ダントツは米国の39人。医学生理学賞で有力視されていた山中教授は残念でしたが、次回が楽しみになってきました。
 新しい真理の発見や技術の開発に、科学者たちはしのぎをけずっています。しかしそれが人類の幸福に必ず結びつくとは限りません。たとえば、原子力。いまだに人類はこれを完全にコントロールできないでいます。扱いようによっては、人類滅亡はおろか地球消滅の危険すらあります。「今の天と地は、同じみことばによって、火に焼かれるためにとっておかれ、」と聖書にあり、「その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろのわざは焼き尽くされます。(ペテロの手紙第二3章)」とあります。これが書かれた当時は嘲笑されましたが、今笑う人はいないでしょう。
 ところで先の山中教授らの作り出したiPS細胞(人工多能性幹細胞)により、再生医療は今どんどん進んでいます。難病も治癒できる可能性が出てきました。ただこれを成り行きにまかせておけば原子力の二の舞にならないとも限りません。人間の欲望を野放しにしない知恵が必要かもしれませんね。


人は何歳まで生きられるか 2010年6月
 以前「120歳を目標に生きましょう」と書いた事がありましたね。覚えていますか?長寿でギネスブックに載るような人はだいたい120歳ぐらいですから、不可能な数字ではありません。実は120歳という根拠は、前に書いたとおり聖書にあるのです。
創世記を読むと、人類の祖アダムは930年、それから10代目のノアは950年と、かなり長命です。しかしノアの時代を境にして、ノアの子セムは600年、テラは205年、その子で、ユダヤ人の祖といわれるアブラハム(アダムから20代目)は175年と、だんだん短命になっているのがわかります。
 最大の原因は、創造主が途中から「人の齢は120年にする」と決定したこと。この後ノアの大洪水がおこっています。洪水後、人類の寿命に影響すると考えられる重大な変化がありました。大気圏をおおっていた「大空の水」が、大雨となって落ちた結果、紫外線や宇宙線からの防護が弱くなったこと。また、菜食オンリーから肉食もオーケーになったことです。初めアダムに許された食物は「全地の上にあって、種を持つすべての草と、種を持って実を結ぶすべての木」、すなわち草木でした。ところが大洪水の後、「生きて動いているものはみな、あなたがたの食物である。緑の草と同じように、すべてのものをあなたがたに与えた。」とあるように、動物の肉も許されるようになりました。女性の平均寿命は男性より7年も長いのですが、草食系男子と肉食系女子が増えてくれば、この差が縮まるかも知れません、冗談ですが・・・。
 創造主である神様が、人類の遺伝子と環境を調整して120歳までは生きられるようにされたのなら、何とかギリギリまで生きてみませんか?このために、たかだ内科がお役に立つことができたら、大変うれしく思います。


新年のご挨拶 2010年1月
 明けましておめでとうございます。みなさんは2010年をどのような気持ちで迎えたでしょうか。今年もどうぞよろしくお願い致します。
さて、日本人の四大死因はご存知ですね(悪性新生物30%、心疾患16%、脳血管疾患11%、肺炎10%)。では第五位以下はどうでしょうか。不慮の事故3.3%、老衰3.1%、自殺2.6%と、病気とはいえない死因がつづき、いずれも三万人を越えています。老衰は別として、とても残念なことです。「人は生き方を選択できるが、死に方は選択できない」とはよく言われることです。確かに病死や事故死を自分で選ぶことはできませんね。選択できないことはゼロにできない。しかし自殺は自分で選択できる。ということは自殺しないという選択もあるということで、自殺を限りなくゼロにもできるということです。動機は何であれ、次の聖書の言葉を信じて、なんとか生きてほしい。新年の切なる願いです。
 「あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。(コリント人への手紙第一10章13節)」


新型インフルエンザ 
2009年7月
 
むかしは新型、いまは季節性」。これはインフルエンザのことです。大正七年の「スペイン風邪」も、昭和三十二年の「アジア風邪」も、そして昭和四十三年の「香港風邪」も、出現当時は新型でしたが、そのうち季節性となり、次の新型まで流行しました。
むかしは戦争、飢饉、疫病のために、たくさんの人が一度に命を落としました。旧約聖書の歴代誌に、「すると、主(創造主)はイスラエルに疫病を下されたので、イスラエルのうち七万の人が倒れた。」とあります。わが国で、「スペイン風邪」は四十万人、「アジア風邪」は七万人の命を奪ったといわれています。季節性インフルエンザでも、毎年一万人以上の人が亡くなっています。紀元前十世紀に、七万の人を倒したイスラエルの疫病は何だったのでしょうか。
 そこで今回の二十一世紀最初の新型インフルエンザですが、想定していた鳥型ではなく、豚型でした。感染力は強そうでも毒性はそれほどでもないことがわかって、季節性並みの対策に緩和することが最近決まりました。
大切なのはかからないようにすることかかっても軽くすむようにすること。ワクチンはどうにか間に合いそうです。かかってしまったら、安静、栄養、保温・保湿につとめ、人にうつさない努力をすることでしたね。咳エチケットを守りましょう。肺炎予防に、肺炎球菌ワクチンも勧められます。
とにかく、心配なことがあればなんでも相談すること。このために「たかだ内科」を大いに利用してください。


新年のご挨拶 
2009年1月 第10号
 明けましておめでとうございます。2009年の到来を、皆様はどのようなお気持ちで迎えましたか。昨日と今日で特に変わりのあるはずもないのですが、人間だけが新年を特別な思いで迎えるようですね。山に登り、初日の出をみながら、新年の空気を胸いっぱい吸い込むのもいいものです。
 ところで、人間がこの世に生まれてくる時は、まず大きく空気を吸い肺を広げて、次に一気に息を吐いて産声を発します。泣けば泣くほど肺が広がり、必要な酸素を自分でとれるようになります。では人がこの世を去る時はどうかというと、息を静かに吐いて呼吸が止まります。人の一生は吸気で始まり、呼気で終わるとも言えますね。
 聖書に、「その後、神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで、人は、生きものとなった(創世記2章7節)」とあります。「息」は「霊」とも訳せるそうで、「ちりはもとあった地に帰り、霊はこれを下さった神に帰る(伝道者の書12章7節)」ともあります。すなわち人は息(霊)を吹き込まれて生き物となり、霊(息)をお返しして死にいたるというわけです。
こんなことを考えながら、皆様思いっきり深呼吸をしてみませんか?


インフルエンザとタミフル 
2008年10月
 またインフルエンザのシーズンがやって来ました。予防接種はお済ですか?罹ってから治すより、罹らないようにするほうが良いに決まっています。今のところ予防としては、ワクチン接種だけですから、皆さん覚えておきましょうね。
 ところで、タミフルという薬は、治療にも予防(保険不適応)にも効くというので、ずいぶん使用されたようですが、思わぬ副作用がでたり、耐性ウィルスが出現したりして、最近は使いにくくなっているようです。
たかだ内科では、本人が強く希望しなければ、あまり処方はしません。10年前にはなかった薬で、それで困ったということはありませんでした。一時、少なくなって騒がれた時期もありましたが、困りませんでした。ですから、これからもタミフルが使えなくなっても困ることはないと思います。むしろ新型インフルエンザのためにとっておいた方が良いと思っているくらいです。
 流行期は、うがい、手洗いの励行、睡眠、栄養を十分にとれればそれでよろしいと思います。一生懸命予防に努めても、罹ってしまったら、直るまで家で休んでいるか、当院を受診してください。少しはお役に立てると思います。


求めない生き方 
2008年1月
 「これさえ飲めば、すべての病気はなおる」と言われて、「そんなこと嘘にきまっている」と思いつつも、「そんなものがあれば確かにいいな」と思ったことはありませんか。もしそんな万能薬があれば、医者は要らなくなりますね。薬が一つで、しかもどんな病気にも効くのですから、病気の知識も薬の知識も必要ありません。「税金は一律収入の一割」という規則しかなかったら、複雑な計算を請け負って成り立っているすべての職業は不要になるのと似ています。
 さて、人は絶えず何かを求めて生きているものですが、求めるものがあまりにも多すぎて途方にくれたり、得られないために腹立たしく思ったりすることはありませんか。これさえあれば、あとは何も要らない、そんなものがあるといいですよね。実は、あると主張した方がいるのです。マタイの福音書6章31節〜34節に書いてあります。
 「そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。 だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。」
う〜ん、そういう生き方があったとはね。


一次予防の時代 
2007年9月
 病気はかかってから治すよりも、かからないようにする予防が大事であることを、これまでも度々述べてきましたが、記憶されておりますか?この予防にもいろいろあって、かからないようにするのが一次予防早く見つけて大事に至らせないのが二次予防再発させないようにするのが三次予防でしたね。
 国もようやく積極的に動き始めました。死因の約3割は心臓、脳血管の病気でこれは一次予防できる。すると1年間に死亡する日本人が約108万人ですから、実に30万人がこの病気では死ななくなるということになります。その代わり老衰が増えるでしょうね。
 来年4月から特定健診、特定保健指導がはじまります。「万病の元はメタボリックシンドロームである」といわんばかりに、肥満の撲滅に国を挙げて取り組むことになります。町を歩くと、老いも若きも均整のとれた美男美女ばかりという時代が来るかも知れません。


肺がん検診と禁煙 
2007年5月
 4ヶ月毎に胸部X線写真と痰の検査をきちんとやる方法と、同じ検査を年1回自分で受けるように言われるだけのやり方とでは、どちらの方が肺癌死亡率を減らせたと思いますか。米国のメイヨー・クリニックというところで、タバコを吸う男性9211人で調べたら、肺癌死亡率には差がないことがわかりました(1983年)。1996年末まで延長して調べても結果は同じでした。
 これは、検診によって死亡数を減らせると信じていた人々には大変ショッキングなことでした。莫大なお金を使って管理検診を行い、早く見つけて治療しても、死亡数は減らせなかった、というのですから。そのため米国では、国を挙げて予防、すなわち禁煙に取り組むことにして成果をあげました。肺癌に関する限り、肺癌になってから見つける検診(早期発見)よりも、肺癌にならない禁煙(予防)がより大事ということですね。
 平成18年4月から禁煙治療も医療保険で受けられるようになりました。たかだ内科では開業時から禁煙サポートをおこなっております。どうぞご利用ください。


後世への最大遺物 
2007年1月
 あけましておめでとうございます。世の中でどんなにいやなことが起こったとしても、新しい年の始まりは、やってきます。気分を一新して「今年こそは」と期待したい気持ちになります。毎日の出来事が365回記録されると、その人の1年の歴史が刻まれます。1年の歴史を1ページとするなら、人の一生は78〜85ページの冊子になります。一見筋書きのないように見えたものも、最後のページにたどり着けば、実は壮大なドラマだったことに気づくかも知れませんね。
 内村鑑三は、「後世への最大遺物」の中で、「後世への最大遺物は、勇ましい、高尚なる生涯である」といっています。今年の元旦と大晦日がどのようにつながっていくか楽しみです。毎日の小さな幸福を地道に積み重ねて、孫たちに「俺みたいに生きてみろ」といえる人生でありたいですね。
 「若い男の光栄は彼らの力。年寄りの飾りはそのしらが」(箴言20:29)今年もまた皆様と共に、たかだ内科は歩んで行きたいと思います。


インフルエンザワクチン
2006年9月
 ある本に、「患者の命が、私たちの知識と技術の熟練度にかかっている。何よりも私たちの知識と技術がいつも最高・最新であるように求めよう。」と書かれてありました。たかだ内科も6年目。これまでを振り返り、自分の至らなさが身にしみてわかりました。よりいっそう研鑚に励みたいと思います。皆様のご支援があればこそ、やる気もわいてきます。暖かい見守りに感謝します。
 ところで、今年もワクチン接種の季節がやって来ますね。昨シーズンは11月から徐々に患者さんが増加し1月にピークをむかえ、4月には終息に向かいました。予防効果は接種後2週間から5ヶ月続くと言われていますから、当院では10月2日から来年1月31日までを接種期間としています。また13歳未満は2回、13歳から65歳までは1〜2回、65歳以上は1回の接種を推奨しています。どうぞご利用ください。


昔は「かぜ」、今は「肥満」 
2006年5月
 たかだ内科は、6月1日をもって満5年経過したことになります。皆様にささえていただいたこと、心から感謝いたします。これからも「こころとからだのトータル・キュア」をめざして、皆様のお役に立ちたいと願っております。
 さて表題の意味ですが、「万病のもとは?」ときかれたときの答えです。「肥満」といっても「内臓脂肪型肥満」のことで、へその高さで腹囲をはかり、女性なら90cm以上、男性なら85cm以上あれば可能性があります。これがなぜ問題かというと、こういう人はやがて、血圧、血糖値、中性脂肪が高くなり、動脈硬化が進んで、心筋梗塞、脳梗塞などをひきおこしやすくなるからです。内臓脂肪をへらすには、まず食事(甘いものをひかえ、腹八分目)、次に運動(散歩)、そして禁煙ですね。
 内臓脂肪型肥満をなくして長生きしましょう。そのために、たかだ内科を利用していただければうれしく思います。


生活習慣病 
2006年1月
 明けましておめでとうございます。今年6月、「たかだ内科」は開業5周年を迎えます。皆様の御支援に感謝いたします。記念の行事を6月に計画しています。どうぞお楽しみに。
 さて、日本で高血圧症の方は3500万人、高脂血症の方は2500万人、糖尿病の方は予備軍までも含めると1620万人に及ぶと言われています。日本の人口を1億2770万人とすれば、4人にひとりは高血圧症5人にひとりは高脂血症8人にひとりは糖尿病もしくは予備軍ということになります。いずれも放置しておくと20年、30年経つうちに動脈硬化が進行し、脳卒中や心筋梗塞などの致命的な病気を引き起こすことにつながります。これは大変なことですね。しかし救いもあります。これらの病気は予防できるということです。若い時から生活習慣を見直すことで、かからずに済みますし、不幸にして発症しても、コントロールが可能です。男性は78歳、女性は85歳が平均寿命ですが、それ以上を目指しましょう。
 聖書に「そこで創造主は・・・人の齢は120年にしよう、とおおせられた」(創世記6章3節)とありますから。そのために「たかだ内科」を大いに利用していただきたいと思います。どうぞ気軽にご相談ください。


たかだ内科通信創刊の挨拶 
2005年9月創刊号
 平成13年6月1日、ここ万世町金谷に「たかだ内科」を開業させていただいて、満4年が経過しました。たくさんの地域の方々に支えていただいたことを感謝します。職員一同、皆さんにもっと満足していただけるためにはどうすればよいか、そのために自分が何を期待されているかを絶えず考えながら仕事をしております。と同時に、毎日の仕事を楽しい、創造的なものとするために、創意工夫も重ねております。職員の顔が見えるようなミニ情報誌があればもっと皆さんとのふれあいを深められるのではないか、そのように考えて「たかだ内科通信」を発刊することになりました。
 こころとからだの健康に関することで、一人で解決することのできないことがあれば、いつでも気軽にご相談していただければ幸いです。「喜びを抱く心はからだを養うが、霊がしずみこんでいると骨まで枯れる。」(旧約聖書、箴言17章22節)