釣行記 | トップページ
 釣行記

N0.53-2 ‘01回想録  玉川/桧山沢遡行

私を渓につれてって 幻の十文字滝

武田 昌仙  


 「いやよー(嫌よー、ではなく東京弁で言う『イヤサー、あのサー』の意)、職場の連中がどうしてもって言うもんだから」とトクさんから聞いたのは出発前日であったと思う。それまでは、「姉御が、アネゴが!」と騒いでいたのであった。(姉御とは葉山の自然を守る会の事務局長、新野祐子さんにトクさんが付けた愛称。尚、変な誤解の無いように言っておくが彼女は無垢な少女のような人です)
 何のことかサッパリ解らないと思うので、少し説明します。新野さんはかなり以前から桧山沢を(トクさんと)遡行したいとの希望があり、トクさんも約束をしていたのだけれども、お互いの予定や天候などにより日程の調整が付かずにいて(ホントはいつでも行けたようなのだが)、今日まで延び延びになってしまっていたらしい。
 一方、トクさんは職場でも山や渓、釣りのことで吹きまくっていて、堪りかねた職場の人達が、「オーシ、そこまで言うんなら連れてってもらおうじゃないか!」とこれまた煮詰まっていたのであった。さてどうするか。そう、頭の切れるトクさんは一石二鳥を考えたのである。
 新野さんにはお互いの会を通じての様々な交流があり、言葉では言い表せないほどにお世話になっている。二人で行ければ最高だったのだろうが、「一緒に頼む」となれば喜んでお供しようというものだ。心配なのはトクさんの職場の仲間達である。と言うのも以前トクさんの職場の先輩と岩井又に同行したのだが、これがまたとんでもない御仁で大変な労苦を強いられ、かつ不愉快な思いをさせられたからであった。貴重な人生の3日間をドブに捨てたにも等しいあの想いが甦り、即答に詰まった。(会報又は群遊会10周年記念刊行本「魚止め」参照)と、まあ何だかんだとグダグダぬかしているのだが、渓で美味い酒さえ飲めればいい私は「腰が抜けるほど飲ませてやる!」の一言であっさりと同行を願い出たのであった。
 待ち合わせ場所は例によってJR今泉駅だ。私にしては珍しく予定の時刻より30分も早く到着してしまい、それではと朝のお勤めに入る。しゃがんでいると何やら話し声が遠くから聞こえてきた。なにくわぬ顔でトイレを出てチラリと視線を向けると、三人組の男達がやはりこちらにチラリチラリと視線を投げかけている。お互いの距離は50m、見た目は非常に怪しい。しかし一方、私も茶髪に作務依、雪駄のスタイルで見方によってはそうとも言えるが。
 元来視力の弱い私は視線を合わせるのを得意としていたが、それも高校生までのこと。ましてや相手は三人、こんな私でも今では守るべき家族もいる。「無理はするまい」と視線をそらしタバコに火を着ける。
 朝の冷たい空気に煙を吐き出しながら、冴えない頭で思案する。「確かトクさんは二人だと言ったよナー。大体こんな所で朝からたむろしているのは奇人か変人か釣り人・・・。ン?待てよ。もしかしたら・・・。」小考した後、意を決してゆっくりと三人組の方へ歩み寄る。距離が詰まると私は緊張によりこわばった表情を手のひらを返したように変え、少し背を丸めてこう言った。「あのー、トクさんの友達ッスか?」
 相手の三人組は吊り上がった目を下ろし「そうです。あなたが武田さん?」と答えた。勝負は終わった。私の完敗だった。
 しかしここで笑ってはいけない。ただ青く、そしてただ若くギラついていた私がここまで辿り着くまでに一体どれ程の歳月を要していると思うのか。20年だぞ20年!。
 いいかげん飽きてきたと思うのでもう止めます。程なくトクさんと新野さんがやってきた。と、もう一台、誰かと思えば樋口さんではないか。(樋口さんも「葉山」の主要メンバーである。教諭。)
 「桧山沢、どうしても行ってみたくって!」と樋口さん。無論、大歓迎である。総勢7名、楽しくなりそうだ。「ワンワン!」おっと忘れていました、「ハスキー」も居たんだったね。(ハスキーは新野さんの愛犬である。)
 「おー、ヨシヨシ」とトクさんが近づいたその瞬間、ハスキーがトクさんに襲いかかった。トクさんは腹の辺りを抑え、顔色を変えて(たぶん。顔が黒いので変化がよく判らない)しゃがみ込んでしまった。
 新野さんは「猫の匂いがしたんだわ。天敵だから・・。」と無邪気に笑って言った。トクさんに邪悪な気配を感じたのはハスキーの「野生」からすれば当然といえるし、そのダブついた腹に「喝」を入れるのには十分な一撃だった。
 それぞれ車に分乗し、飯豊山荘へと向かった。トクさんの車に乗った私はいつものようにヘラヘラと会話していたら、いつの間にか車止めゲートに到着していた。
 それぞれ身支度を終えてから簡単な自己紹介をする。葉山の二人は先程の通り、トクさんから三人の紹介がされた。トクさんと同じ職場の大谷さん、蛭川さんとそのソフトボール仲間である丹治さんである。私にとっては葉山の二人を除いてはその力量も素性も全く解らない。ただ願うことは「あの朴念仁であってくれるな」ということだけである。しかしまあ、トクさんも馬鹿ではあるまい。同じ轍を踏んだらどうなるかということぐらい十分解っているだろう。それはともかく、私にとっても初めての桧山沢を、今日は楽しませてもらおうと考え林道を歩き出した。(*注 ここからの経過時間や渓相・巻きルートその他は一切アバウトです。なにしろ去年のことですし、周知の通り私はアルュチュハイマーなので、あてにされても困りますので。念のため。)
 30〜40分も歩いただろうか、林道終点を経て桧山大橋を過ぎると程なく渓に導かれた。入渓するとすぐにゴルジュとなり、川通しではキツそうだ。対岸のガレ場を直登して巻くことにする。十文字滝を拝んで帰るという、いわゆるピストン行程なので皆殆ど空身に近い状態なのだが、ややしょっぱい草付き風の箇所もあり思いの外難儀させられる。
 トクさんをトップにラストが私という、まあいつもの布陣で臨んだのだが、よっていつもの不安がよぎる。もちろん巻きルートという限定の不安ではあるのだが。「魚止め」愛読者にとっては分かり切っていることであるのだが念のため。
 平滝上部と思われる所で一服入れる。葉山の二人と大谷さんは余裕だが、蛭川さんと丹治さんは途中のビールが効いてかややバテ気味の様子。まあ、アルコールが抜ければ大丈夫だろう。懸念されていた「朴念仁の再来」は免れたようで、7プラス1の遡行を続ける。ただ、7人の意志は確認できるのだが、プラス1の意志だけはなかなか掴めず難儀した。徒渉するにもハスキーだけではムリなため、誰かが抱えてあげなければならないのだが、そんなことは意に介さず、何とか自力で渡ろうと逃げ回ることしきりであった。しかしそれがまた皆の笑いを誘い、人間だけとはまた違った楽しい遡行が出来たように思える。
 そんな中にあってひときわ光っていたのが大谷さんだった。彼は何の苦もなくハスキーを抱え上げては徒渉していて、その遡行力とでも言おうか、渓の強さには敬服すると同時に、しかしその一方で私は「チッ、ハスキーめ!」という羨望の眼差しを送る新野さんを見逃しはしなかった。(んなわけねーか・・・)
 そして自分だったら、新野さん・樋口さんを抱きかかえてあげようと思うのだが、唯ひたすらにハスキーを抱き続ける大谷さんに「動物フェチ?」との疑念を持たざるを得なかった。(んなわけねーだろ!)
 いや大変に失礼極まりない事を書いてしまっているのですが、前述の通り私はアルチュハイマー、要はアルコール依存症であり、今も当然酩酊に近い状態でワープロに向かっているので「脚色」と容赦してください。
 さて、そうこうしている内に桧山沢の核心部、大ゴルジュ帯に入ったようである。
 巻き道から入渓しようとしても簡単に降りられそうにない。と、大谷さんが「様子を見てくる」と、どんどん下っていった。いやー、強い強い。我が会にもこういった強力な会員が入会して欲しいものです。やがて「オーライ」の声とサインが見えた。それではと、一同有り難く下ることにする。多少苦労はしたものの、無事ゴルジュの真ん中に降り立つことが出来た。小休止しながらハタと考えた。ここからは数百メートルのゴルジュが続き、泳ぎもあると聞いている。残念ながらプラス1は連れて行けそうにない状況だ。どうするのか・・・。
 「私ハスキーと残るから」ときっぱりと新野さんが言った。何ということか。桧山沢を、そして十文字の滝を一目見たいと言ってきたのは新野さんその人ではなかったか。
 しかしハスキーを連れていくことが不可能と理解するやいなやあっさりとそれを固辞したのであった。「!・・・。しかしそれは・・・。」言葉を失う我々に彼女は笑っていった。「私の分も楽しんできて!」と。
 新野さんの意を汲んで、私達は十文字滝を目指すことにした。途中、どうしても泳いで突破しなければならない落ち込みに遭遇した。水流も強く、そう簡単にはいかない様子だ。「武田、頼むで!」とトクさんが言うのでテープを準備して行こうとしたら、彼はすでに水の中へ入っていた。「?」。だったら初めから自分で行けばいいのに・・。
 途中でテープを投げ渡し、受け取ったトクさんは口にくわえて首まで浸かった所で泳いで落ち込みの横に取り付いた。お見事。流石はトクさん、水中は圧倒的に強い!のである。他のメンバーも感心している様子だ。一人ひとり引っ張り上げてもらい、無事突破した。以降、水流の強い所が何カ所かあり、スリムな樋口さんなどは流されそうになったりもしたのだが、皆で(我先にと)助け合いながら楽しく遡行を続けた。
 と、渓がやや開けてきたのが判ると同時に光が射し込んできた。何と言っても9月の水、お天道様の有り難さをこれほど感じるときもない。新野さんの清らかな気持ちが天に届いたのであろう。渓は大きく左曲していて「この先が十文字の滝ですよ」というトクさんの声に皆表情が緩んだ。
 落ち込みが二段あって、その上が十文字滝である。「十文字滝」と言うからには左右から滝が流れ注いでいるのかと思っていたが、滝どころか水そのものが枯れていて、言ってみればまあ、ただの滝なのだが。「水量が豊富なときは左右からの流れがあって、十文字になる。だから十文字滝。」とはトクさんの弁。さて一方の釣りの方だが「デカイのが居るはずだ」という情報があり、ここはお客さんの丹治さんに快く場所を譲ったトクさんであった。(一尾出れば話は別だが。)丹治さんは十数年前泥又に行ったこともあるということで、そのスタイルもなかなかに決まっている。被写体としても申し分なく、素晴らしいカットをフィルムに収めさせてもらった。時間の関係もあって忙しい釣りを強いることになってしまい、結果として桧山沢のイワナを拝見することは出来なかったのだが、しかしそんなことはどうでも良くて、本流の滝自体が素晴らしく、そしてまた背景の山並みが好天のため殊更に映えて我々を飽きさせなかった。それぞれの「想い」を胸に刻んで、我々は十文字の滝を後にした。
 新野さんとハスキーに合流したが、「来たルートをそのまま巻いて戻っても面白くない」と、途中から新野さんとトクさんが泳ぎ下って行くと言う。誰が二人を止められると言うのか。ハスキーにだってその権利はない。皆快く二人を送り出した。
 「思う存分濃密な時を過ごして欲しい」と心から祈り、御主人様を失って半狂乱になったハスキーをなだめつつ、我々は入渓点に向かった。ハスキーが逃走して迷子にならないようにと首輪にロープを付けて行ったのだが、どんな藪でもグイグイと前進するその力強さに感心すると共に、「オイオイ!そこは人間は通れないンダー!!」と泣きを入れる私であった。
 ようやく入渓点に到着、当然トクさん達が早く着いていると思っていたがまだのようだ。全身で(渓を)楽しんでいるのだろう、野暮なことは言うまい。やがて大きなトロ場を流れてくる二人を見つけたが、その表情はまるでハネムーンから帰ってきた新婚のそれと同じであった。合掌。
 車止めまでの帰途、林道を歩いていたのだが突然、新野さんが走り出して行ってしまった。どこにそんなパワーが残っていたのか。どこかでパワーを貰ったとしか言いようがない(ウーム?)。
 呆気にとられている我々を後目にその姿はどんどん小さくなっていった。
 「負けられない!」と、元来負けず嫌いの性格に、どこか不完全燃焼の所があってか私もその後を追って走っていった(単なるバカです)。しかしその差は縮まることはなく、車止めまで姿を見つけることは出来なかった。車止めゲートの下を流れる沢にビール・ワインその他を冷やしてから沢水で汗を流す。そうです、冷たいビールで乾杯!したいが為に早めに下って来ただけなのでした(やっぱりバカです)。
 残念なことに大谷さんと樋口さんが明日の予定もあってこれから帰るという。後ろ髪を引かれる思いはお互い様、再会を約束して別れを告げる。
 さてここからが渓のゴールデンタイム、怪訝そうな登山・観光客の視線をハネ返し、大宴会に突入する。ビール、ワインを片づけ丹治さんが持参した福島の地酒に手を付ける頃には気分も最高潮、新野さん栽培の無農薬・有機野菜、特にニガウリ入りの野菜炒めは最高に美味しかったのです。新庄の市民農園で野菜を作っている私は、来年は是非ニガウリを作ってみようと心に決めたのであります。
 翌朝、気が付けば新野さんは帰ってしまったようで、車はすでに無かった。「仕方ない」と新野さんに別れを告げることの出来なかった悔しさを紛らせる為に、我々は酒を飲むより術はなかったのである。気の利く蛭川さんは飯豊山荘からビールを仕入れてきており、その心意気に私は酔った。何という気持ちの良い朝であろうか!(アッという間に気が変わります)
 飯豊の朝に乾杯!。丹治さんに乾杯!。蛭川さんに乾杯!。・・・あ、トクさんに乾杯!!!!。 (たけだ まさのり)
 遡行日 2001年9月8日(晴れ)           

もくじにもどる。