釣行記 | トップページ
 釣行記

No.52-2 八久和釣行記

不慮の事故、リハビリ、そしてようやく

大滝 昭一 


ガラスのベッド
 あれは2年前の夏だった。いつも通りにかみさんと二人で買い物に出掛けた。幼稚園に通う長女が昼までに帰ってくる。早めに帰らなくてはと車を走らせていたが、別にあっせいたわけではない。自宅から一番近い交差点にさし掛かった。青信号なので何気なく通過すると、自分の運転席右側から灰色の物体(信号無視の車)が近寄ってきた。「ガガッ・・・」という音がした後、正面の景色が回っている。強い衝撃を全身に受けた。「何だ!!」考える余裕など無く、運転席側が地面に付着していた。「あぁー・・・」と、妻のうめき声が助手席から聞こえた。周囲にはおびただしい血が散乱し、顔面蒼白のかみさんの姿があった。妻の左側頭部の皮膚が20センチ程裂け、頭頂部に向けてめくれあがっている。「死んでしまうのか」一瞬でそんな思いが駆け巡り、声にならない声で妻の名前を叫んでいた。必死になって叫ぶ自分の周りは無数のガラス片が散乱し、それは、妻を死に導くガラスのベッドのようにおもえた。
 何とか返事がきた。「大丈夫だ」そう思って安心した途端、私の体に激しい腰痛と呼吸困難が襲いかかってきた。「なにが起こったんだ・・・。」一瞬の出来事に、錯乱した精神状態のまま救急車の中へと運ばれた。
 かみさんは頭部裂傷、脳内へのダメージは無かった。自分はというと、腰椎圧迫骨折、左鎖骨骨折、左肺気胸、左肋骨骨折。見た目はかみさんの方が派手だったが、重傷なのは自分の方だった。
 腹部外傷や脊髄損傷が無かっただけよかったと今になって思う・・・。激痛との戦いと、リハビリの日々が3ヶ月続いた。

あれから2年・・・
 
「今年こそは山へ行くぞ」と決心し、煙草を止め、体を慣らしてきた。どうせ復活を飾るならば華々しく飾りたい。釣り雑誌でよく見る八久和川がいい。
 夜明けまで降り続いた雨もやみ、日差しが心地よい。昨年は残雪があり、車止めまで行くことができなかったそうだが、大雪にも関わらず、車止めまで無事に来る事が出来た。
 買い物担当の武田さんが、荷物の分担をしている。やっぱりというか、食料より酒の占める割合が多い。
 よく踏まれたぜんまい道を一歩一歩を味わいながら進む。いくら体を慣らしてきたとはいえ、前後左右に体が振られるとすぐバランスを崩し、フラフラした不安定な歩行になってしまう。途中足場か悪い所が何度かあり、気を遣った。1時間を過ぎたあたりだろうか、丸森沢の出合に到着しここで竿を出すことになる。根がかりクラブの斎藤さんと丸山さん、そして、自分が竿を出す。八久和川本流は想像していたより遙かにスケールが大きく、雪代を含んだ壮大な流れに恐怖心すら感じる。落ちればさよならだ。激流の合間にちょっとしたトロ場がある。はやる気持ちを抑えながら探るが、当たりはなかった。丸山さんが対岸の巻き返しで9寸程度のものを一匹釣った。竿は7mでも足りないくらいだ。約20分程で納竿した。
 テン場へ向かう途中にブナの倒木にヒラタケの群生を見つけにワーワーいいながら皆で採る。これは今夜の肴となる。今回はハキダシ(ハキダメ)沢の麓がテン場であり、到着は12時を少しまわったころだった。

藤さんが帰ってこない?
 設営を素早く済ませ、斉藤さん、徳さん、自分の3人はフタマツ沢へ向かう。武田さん、丸山さんは宴会の準備へ。
 フタマツ沢に到着すると、やさしい斉藤さんは自分達に場所を譲ってくれた。「遅くても3時までにはテン場へ戻ろう」と約束して別れた。
 沢はすぐスノーブリッジが出現し、高捲きをしないと上流へ行けない。そんな気力が無いため取れあえず手前の小淵で釣る。8寸程度のイワナを数匹釣る。キープサイズではないので全て流れに返す。
 テン場では「米のエキス」を味わいながら武田さんが準備を整えて待っていてくれた。着替えもそこそこに、味わうエキスはなんと旨いことか。チビチビと飲みながら、斎藤さんの帰りを待っていた。3時半過ぎても帰ってこず、「釣りに夢中になっているな。大きいのが掛かって熱くなってるんじゃないの!」など話しているが、4時を過ぎてもまだこない。周りも薄暗くなってきた。丸山さんの表情がだんだん硬くなってくる。「あの子はそんなに釣りに執着する子じゃない。」と真顔で言う。武田さんは「斎藤くんは大丈夫だよ。」と気を配る。
 徳さんは、ニヤニヤしながらも「もう5分したら探しに行くか!」と最悪の事態を考慮している様子だ。4人の空気が凍り付いてきそうだ。5分が過ぎ「行ってみっか!!」と徳さんの掛け声で冷たいウェイダーを履く。そうしているうち、遠くの方から「ただいま〜」と屈託のない笑顔で斎藤さんがやってきた。「大丈夫だった。」そんな安堵が私にはこみ上げてきた。しかし、丸山さんは「今着替えて捜しに行くところだったんだから・・*#□▲?$&・・・」とちょっと怒っているようだ。その後の斎藤さんは、懺悔の宴会用天ぷら揚げを延々と続けることになった。(美味しかったよ。)

時期が早いか?
 お山のパワーを貰ったのか良く眠れた。今日はテン場から300m位下流を起点とし、フタマツ沢まで釣り遡る。丸山さんと斎藤さんは横沢の出合まで直行して釣るとのことだった。
 雪代の影響があるのか水温は冷たく水に浸かると刺さる様な冷たさである。流れの緩い巻き返しや、弛みを丁寧に探るがでても8〜9寸程度。尺上を釣った経験がない自分には、それ以上を目標にしていたのだがまだ時期が早いようだ。
 何度かヒヤッとするヘツリを繰り返しながら徳さんの案内のもと、フタマツ沢の出合いまで着いてた。結局、徳さんの尺物1匹をキープしテン場へ戻る。目標は達成できなかったが、結構数が釣れて、それはそれで、楽しい思いができた。決して竿を奪わず自分を案内してくれた徳さんに感謝したい。

酒の恨みは大きいか?
 今日は午後2時が集合時間だったが、皆、余裕で到着した。朝からだいぶ酒が入った武田さんは、到着時もシュラフに入ったままイビキをかいていた。
 丸山さんと斎藤さんはそれぞれ尺前後のイワナをキープしてきた。武田さんが手馴れた手つきで、特製刺身&タタキができあがった。山菜も調達でき、ウルイの塩漬け、コシアブラの天ぷらなど食卓が賑わう。みなさんのバラエティーに富んだメニューには感激しながら、おいしくいただく。次回入渓するときまでレパートリーを増やしておかなければならない。自分は天ぷらしかできなくて、申し訳ありません。
 先日の行方不明未遂事件の余韻が繰り返すなか、今日は徳さんが絶好調だ。武田さんとの雨男伝説の披露、群遊会恒例○○シリーズと、奇声をあげんばかりにしゃべり続ける。
 今回の隠し酒としてテネシーを差し出すと、武田さんは満面の笑みでシャツの中に抱え込んだ。しかし、徳さんはそれを見逃すわけもなく、酔いが進むと知らぬ間に徳さんの手へ・・・。気づいたときには、半分以上が胃袋の中へ・・・。それを見た武田さんは満月でもないのにオオカミに変身し、星まで届くような声で叫び続けたのであった。

師匠の立場なし?
 昨日の酒宴で今日は5時半に釣りに行くぞと豪語していたが、起床は6時だった。目覚めのコーヒーを飲んだ後、出発の準備をするかと思いきや、またもエキスを飲み始めた。なんとまったりした事か、しかし、こんなひと時がまた楽しいのは、自分も飲兵衛だからだろうか。
 斎藤さんはやはり筋金入りの釣り師である。ぶつぶつ言いながらも、一人で釣りに出発してしまった。武田さんは最後まで竿を出すこと無くエキスを味わい通し、すがすがしい表情をしている。「酒は深いぞ〜!」という武田さんに「酒の鉄人」の称号を与えたい。そして徳さんも酒に付き合い、ほろ酔い気分でまったりとした表情になってきた。
 直径15cm程のコッヘルに約8m離れたところから、仕掛けを投入できると徳さんが豪語し始めた。武田さんはそれをあおり、「じゃ〜やって見せろ!」と、ここで引き下がる徳さんでなく、実践講習会となる。フィールドテスターの威厳を賭け、いざ実践へ「アレ?・・・もう少し離してくれる?・・・ちょっと待ってろ・・・」何回繰り返しただろうか。近くにはいっているようだが、なかなか入らない。
 ついには癇癪を起こし、「だめだ交代」自分に回ってきた。釣りの技術は徳さんにいろいろ教えてもらったが、到底自分にはできないと思った。しかし、これが3度目で入ってしまった。武田さんは「ブラボーと大喜び」徳さんは「ちょっとコッヘルが小さかった。調子が悪い○×△◎!#$‘%・・・」言い訳すればするほど泥沼に入っていく。
 まったりと過ごした幸せな時間は瞬く間に過ぎ、酔いも醒めぬまま下山する。今回は山で疲れを癒す、そんなひとときの様であった。一緒に釣行してくださった皆様に深く感謝したいと思う。(おおたき しょういち)

釣行日  2001年6月8〜10日
メンバー  我妻 徳雄.武田 昌仙.大滝 昭一(群遊会)
       丸山 尚代.斎藤 信之(根がかりクラブ)

大滝昭一君の復活
 大滝君が自宅近くの交差点で事故に遭ったと聞いたのは、2年前の夏だったと記憶しています。まさしく瀕死の重傷でした。あの時は、もう一緒に釣りに行くことは出来ないんじゃないかと本気で思いました。
 あれから、彼は辛いリハビリを重ね、後遺症も残らずに順調に回復しました。そして、彼から「今年は八久和に行ってみたい」といわれ、私は喜んで同行しました。
 手前味噌ないい方ですが、大滝君にとってはおそらく感慨深い釣行になったと思っています。そして私にも・・・(徳)
もくじにもどる