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 釣行記

No51-2特集 釣り師が考える環境保護

渓流釣りとダイオキシン

武田 昌仙


 野営を伴う釣行には焚き火は必要不可欠である。いや、そんなことはないと言う人もあるだろうが、少なくとも我々の釣行においてはそうなのである。暖をとるのは言うに及ばず、衣類などを乾かす、煮炊きする、不要物を燃やすなどその使い道は多様である。
 また物理的なことだけでなく、人は炎(明かり)があれば落ちつくと言うし(その反対の人もいるが)、一日の遡行の苦労や楽しみを分かち合った仲間との語らいにも弾みが付くというものだ。おかげで他人に話す必要のない自分の秘密を暴露してしまったという人も我が会には多い。もっともこれは酒との相乗効果と言うべきか。いずれにしても、焚き火は遠い祖先から続く原始的な行為でありながら、便利かつ楽しく有り難いものであるという事に異論はないだろう。
 さてここで問題なのは、不要物を燃やす、つまりゴミを燃やすという行為である。「山や渓にゴミを捨てるな」と言うのはそこに立ち入る者の最低の掟であると思う。であるならば、発生したゴミは持ち帰るか燃やせる物であれば燃やして土に還すしかない。我々もそうしてきたし、それが当然と考えていた。しかし昨今の環境社会情勢はそれを許さない状況となっている。言わずと知れたダイオキシン問題である。
 これまでのように「燃える物であれば何でも燃やしてしまえ」から「可燃物であっても燃やして良い物と燃やしてはならない物がある」という時代になったのである。
 ダイオキシンの毒性や発生の詳しいメカニズムは専門書に譲るが、最も強い毒性を発揮するダイオキシンの急性毒性はサリンの二倍、青酸カリの千倍とされ、有機塩素系の成分を含む物質や製品を燃やしたり酸化させたときに発生し、300℃程度で生成反応が進むとされている。簡単に言うと、我々が渓に持ち込んだ食料や酒類の包装に使われているプラスチック製品類を焚き火で燃やした場合、猛毒ダイオキシン類が簡単に発生すると言うことだ。
 しかも厄介なことにこのダイオキシン類は簡単に発生するが自然界においては非常に分解しにくく、さらに一旦人間の体内に取り入れられると排出されるまでには10年から20年も要すとされている。だが現実には大気や食物から微量であれダイオキシンを摂取し続けているわけで、体の中から完全にダイオキシンを排出することは不可能に近い。
 さて実際に渓でゴミを燃やすとどうなるか。燃え盛る流木の焚き火に放り込むならまだしも雨やその他の理由でショボショボの焚き火で処理でもしようものなら大変だ。プラスチック類を燃やしたときに発生する特有の臭いの煙に巻かれ涙目になり鼻水が垂れてくる。同時に大量のダイオキシンを吸い込むという塩梅だ。なにしろ焼却炉の煙突を囲んでいるようなものなのだから。仮に完全に焼却できたとしよう。しかしそこにはダイオキシンを含んだ焼却灰が残ったままなのである。そんなもの、僅かじゃないかと言うかも知れない。しかしよく考えて欲しい。
 渓のテン場はそうそうあるものではない。増水の心配が無く、水場が近く、平らで流木が確保出来てetc・・・。
 そう、渓ではテン場は限られているのが普通なのである。
 確かにあなた(達)が発生させたダイオキシンは僅かなものだろう。しかしシーズン中は数多くのパーティーあるいは個人が特定の場所で天幕を張り焚き火をする事を考えればそうも言っていられないのではないか。源流域にダイオキシンの高濃度汚染地帯を作りはしないか。縦しんば降雨や増水で流されたとしても、中・下流域の生物に影響を与え、そして最終的な川の水の出口である海の生物にまで悪影響を及ぼしはしないか。
 決して大袈裟ではなく、十分可能性のあることだと私は考える。勿論、私達のそれぞれの住む地域から発生するダイオキシンの絶対量からすれば本当にごく僅かなものであるし、行政の対策の遅れや隠蔽など指摘されるべき事は山ほどあるがここでは触れない。要は量の多い少ないではなく姿勢の問題だと思うからだ。これはゴミの投げ捨て問題と同じである。最近テン場付近に投げ捨てられたゴミで特に目に付くのがガスボンベや残置されたブルーシートだがこれらは焚き火で焼却処分以前の問題で論外の最低の行為だ。初めから持って帰る気などないからだ。
 ではどうするのか。焼却するとダイオキシンが発生する可能性のあるゴミ類は全て持ち帰るより他ないであろう。非常に残念ではあるが・・・。しかし「オモイー」だの「シヌー」だのと言いながらとにもかくにもテン場まで持って行けたのだし、しかも帰りは確実に荷は軽くなっているはずだ。持って帰れないことはないではないか。各自責任を持って持ち帰ろう。
 大切なことは、各自がゴミを出さない、持っていくとゴミになりそうなものは持っていかないというパッキング術の基本に立ち返り、やむを得ず出たものは必ず持ち帰るという当たり前のことを徹底することだ。
 今夜もきれいなテン場で焚き火を囲み、旨い酒を飲もうではないか。乾杯!(たけだ まさのり)

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