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 釣行記

No.50-1

懐かしき「紫イワナ」憧れの栂峰源頭

武田 昌仙  


 栂峰(つがみね)。初めて聞く山名であった。子供の頃からずっと登りたかったが、しかし一度もそれが叶うことがなかったともトクさんは言った。それではその山は一体何処にあるのかと訊くと米沢なのだという。そして、「木流し」「草木搭(そうもくとう)文化」など聞き慣れない言葉を発し、多少の説明を付け加えた。正直、あまり興味がなかった。後にそれらは非常に興味深い米沢の伝統文化の一つなのだと判るのであるが、そのときは知る由もなかった。(尚、詳しくは『渓流』にトクさんの寄稿が載る予定なので、そちらを楽しみにして下さい)
 私が気乗りのしない曖昧な返事を続けていたため、トクさんは瞬時に作戦を切り換え、「日帰りでも行って来れるんだけど、それじゃつまらないから一泊二日にして酒飲み放題」「マイタケが採れるんだよね」など私の脳味噌が喜ぶ言葉で誘いをかけてきた。即決。
 トクさんの家から30分程で車止めということなので、朝はゆっくりと出発出来てうれしい限りだ。2人共前夜の痛飲で、当然二日酔いだ。途中コンビニに寄って(といっても一回米沢市内方面に向かわなければならないというのが少し悲しいところだが)朝・昼食を仕入れ車止めに到着。食欲はないが、食べなければ力が出ないのでムリに詰め込んでいると、さっそくトクさんがお務めに出かけた。トクさんが帰って来た後、私も場所を探したが、草やぶは朝露が付いていて潜り込みたくない。結局水の引いた河原に出てしまうとトクさんのとおよぼしきブツを発見。考えることは一緒なのね。一通りやることはやったので着替えながら話をしていると、この川の水が田沢地区の水源なのだという。田沢地区在住の皆さま、この罪深き2人をお許しください。
 今日一日の予定などを話しながら踏跡を辿っていくと中流域のメインである「男滝」の200M位下部の入渓点に到着する。曰く、その昔地域の人々はこの滝をせき止めてから伐採した木を並べて、一気に水を吐き出させ木を流した所なので、ゼヒ写真に収めたい!とのこと。男滝は直登不可能で、巻くにはまたここまで戻って来なければならないので当然空身で向かう。男滝というくらいなので豪快な滝を想像していたが、水量も少なく少々拍子抜けしてしまった。10年位前、トクさんは足繁くこの渓に通ったそうだが、その頃とは滝も渓相もずいぶん変わってしまったと、いつものトーンとは違う、ハリの無い湿った声でしみじみと言った。渓相など大水が出ればたちまち変わってしまうことなどお互い百も承知なのだが、それだけはでない、何かトクさんの想像を遥かに超えるものだったのだろう。私達は何か見てはいけない物を見てしまったような気分になってしまい、トクさんと滝の姿をフィルムに収めると足早にザックの所まで戻った。

私の予感はよく当たる?
 「ここからは踏跡を行けば上部の沢の出合いまで一気に行くから、そこからゆっくりと釣り上がってイワナちゃんの写真を撮ったら早めにテンパろうゼ」とワガツマ様は鼻息も荒く申しておられる。要はただ単にチョーシこいているだけなのだが、こんな時は要注意だ。なぜって踏跡を辿るのですよ、トクさんが。あなた解ります?まず予定通りに事は運ばない。トンデモナイ困難に遭遇するとか、とにかくエライ目に遭ってしまうのだ。トクさんと付き合って10数年、頭でなく体が覚えているのである。(なア幸助・・・)

 そして案の定、歩き出して僅か10分で踏跡を見失ってしまった。嗚呼、やはり・・・。
 こういう予感は少しも嬉しくないのであって、少々恨めしくトクさんを見ると、既に川の方を見に行っている。間もなく「ここ行けそうだやー。降りっぺー」との声が掛かる。
そう、あっさりと踏跡を行くことを諦め川通しに行くことにしているのである。考えるとか悩むとか相談するとか無しに直ぐに決断してしまう、カンで勝負!というタイプであり筋金入りのプラス思考の持ち主であるのですね。誤解のないように言っておくが、私は何もトクさんのとった行動が間違っていると批判しているのではない。渓に入ればこのような事は当たり前にあるし、その場合リーダーは状況を冷静に分析し、臨機応変に対処して行く事が求められるのでありこれはこれで良いのである(と思いたい)。そう言えばトクさんはジャイアンツの超大ファンなのだが、自然にこういう図式が浮かぶのである。つまりジャイアンツ=長島=カンピューター=プラス思考=我妻と。エッ!まだ足りないって?。
まあ皆さん、抑えて抑えて。そこまでは書けませんって。


感動の対面
 草木の多そうな所を下ってみるとナントそこはさっきの男滝の直上なのであった。マア、滝を巻いただけって言えばそれまでだけどネ。せっかく溪に入ったんだし飛ばして行くのもなんだから、と釣り師は早速モヨオシテいる様子だ。急ぐ旅でなし、ド?ゾドーゾと釣りを勧める。ここは小樽川(鬼面川)支流大荒沢。時季が時季だけに水量は多くはないものの、適当に良いポイントが現われ釣り人を退屈させないようだ。間もなく名人の竿に無垢なイワナが掛かる。アレ?!ナンダあのイワナは・・・。遠目に抜き上げられたイワナは褐色のようだ。サビる(婚姻色)には少し早いんじゃないかと近寄って良く見ると、確かに黒っぽいイワナなのだが目の周りから体側にかけて見事な紫色なのである。「ああ、居たんだ紫イワナ」とトクさんが感動とも笑いともつかない表情で感激(一応)している。「こごのイワナは紫色なんで俺は紫イワナって言ってるんだ。あーイガッタ、滝の上さも居たんだ。この川にはよぐ来たけど滝上は釣ったことねーんで居るが居ねが心配だったんだヤー」
 「フ?ン・・・?ナヌ!?居ねがったらどーしたの?」「まあ、そんどぎはそんどぎってことで。ガハハ!!」と万事この調子なのですヨ、エエ。さらに釣り上がると適当にイワナが掛かる。型はともかく釣れるのは全て紫イワナであり、原種がそのまま残されているという事だけは特筆モノだと思う。この程度の渓であれば養殖イワナ等を放流するのはさほど難しくないからだ。トクさん懐かしの紫イワナは健気に、しかし逞しく生き続けていた。


不運を幸運に変える男
 正午頃だろうか、当初予定していた入渓点近くになると、パッタリとアタリがなくなってしまった。滝があった訳でもなく、水量からして魚止めはもう少し先ではないのか・・・?。
 そしてとうとう右岸から支沢が出合う川原に出てしまった。ウーム・・・。まあ腹も減ったし昼にするべとラーメンの支度をしていると沢に動くものが見えた。一瞬ハッとするがすぐに人間だと判る。どうやら老人のようで、軽く会釈をするとこちらに向かって進んで来る。トクさんが話しかけると老人も腰を下ろして一服し始めた。どうやら土地の人らしく、トクさんと話が合っている様子だ。老人の背中の荷物が気になるトクさんが何を採ってきたのかと訊ねているが、「うん、まあ・・」とお茶を濁しているようだ。しかしいくら隠しても、この時季山(渓)に入ってきてスパイク足袋、大型のハケゴ、そこからはみ出したクロモジの葉っぱといえばもう察しが付くというもの。別れを告げた後しばらくしてからトクさんが「何背負ってたんだべなー?」と聞くので、「マイタケに決まってるべや」と言うと、「んだながー(そうなのかー)。ナー、やっぱり俺の言った通りマイタケあるべ!?」だとさ・・・。
 確かに辺りを見渡すとミズナラが多い。内心、私にも火が着いたがここでテンパるには余りにも早い気がする。相談の上、明日の行程も考えもう少し上を目指すことにし、遡行に専念する。というより釣りにならない。だってもう一跨ぎの水量なんだもン。
 ところで、予定通りここに入渓していたらどうなっていたのだろうか。恐らくイワナは出なかっただろう。確かに踏跡を見失ったのは「不運?」であった。が、しかしそれによってイワナが釣れたのは「幸運」と見るべきでしょう。結論!、ワガツマトクオ様、貴方は何と言う強運の持ち主なのでしょうか。私にもほんの少し分けていただけませんか?。
あ・・・やっぱりイイデス。


コーヒーの想い
 栂峰は標高1541Mである。明日源頭まで登り詰め、登山道を下ってくるという行程を考えれば、出来るだけ沢を詰めておきたい。幸い、ここから渓は階段状になっていて、一気に高度を稼ぐ事が出来た。ヨシヨシ・・・って、良くない!。適当な所をテン場にしようと捜して行くものの、それらしき場所が見つからずどんどん上へ押し上げられてしまった。やっとイタドリの群生地(といっても二畳程だが)を見つけ、そこを払って敷きつめて寝床とし、またタ?プを張るにも支点となる良い立ち木もなく、ブドウなどツル性植物で覆われたヤブを利用して何とか恰好をつける。テン場作りに1時間も費やし、さあキノコだ!と山を見ると今度はミズナラが極端に少ない。トクさんに高度を訊くと1000Mを軽く越えていると言うので納得、マイタケの天ぷらが早くも赤信号点灯である。しかしそれでも我々はマイタケに執念を燃やし、沢を挟んで二手に分かれてキノコ探しに出掛けて行ったものの私の方は全くダメ、トクさんの方は尾根伝いに良いミズナラが多くあったが不発。しかしバクサレが一箇所あったと言うので、「オオ、有ることは有るのだな。次回に期待!」ということにしてサア宴会だ!。身も心も飲みモード全開、ビールで乾杯!の後はレッドゾーンに向けて突っ走るのみ。ふと気が付くと、現地調達をアテにして持ち込んだ500mlの油がやけに悲しそうだ。トクさんが気を利かしてミズナのムカゴを油で揚げてくれたので食べてみた。程よく歯応えもあり、そして噛みしめるほどにネバリと共に甘味が出てくる。中々イケル酒の肴ではないか。機会が有ったらゼヒお試しあれ。豆好きのトクさん定番の「バタピー」と共に、群遊会の定番「焼酎」を『飲み放題』ということなので、今回は遠慮なく飲ませてもらった。
 翌朝、体の痛みで目が覚めた。イタドリを敷きつめたとはいえ不整地なので寝心地は良くなかったようだ。いつもは朝が早いトクさんも今日はまだ起きていない。というより、目覚めている気配はするのだが体を起こさず、そしてまた暫し微睡(まどろ)んでいる様だ。二人ともどちらかが起きだしてお湯を沸かすのを待っている、まるで我慢比べみたい。
いつもトクさんに支度してもらっていて本当に申し訳ないのだが、私は朝は強くないのでもう少しガンバル?ことにする。そういえば今シーズンの殆どはトクさんの入れてくれたコーヒーを頂いたが、コーヒーといえば幸助なのである。今年彼の入れたコーヒーを飲んだのは土内と見附だけだったろうか。来シーズンはもっと一緒に行って旨いコーヒーを飲ませてくれ。そしてまた一杯飲りながら楽しく語ろうぜ・・・。ぼんやりとそんなことを考えながらモゾモゾとシュラフを這い出しタ?プを潜って外に踏み出す。9月下旬、標高1000Mの朝の冷たい外気に直に触れ身震いがする。天候は曇りだが今日一杯は持ってくれそうだ。根比べに勝った私がトクさんの入れてくれた旨いコーヒーを飲んでいると、シュラフの下にペットボトルがあるのを発見した。なんとウイスキーが半分以上も入っているではないか。すかさず私が言った。「リーダー!これは大変です!こんな物を上まで担いで行ったら今日中に頂上に着けるかどうか?・・・。今のうち処分するのが得策ではないでしょうか!」「そうだな・・・」我妻リーダーもいつになくシリアスな顔で頷く。我々は非常に大変な思いをしながらも軽量化に成功した。


栂がある、故に栂峰
 跡片付けしたら、サア出発だ!意気揚々と踏み出したのは良いけれど、アッと言う間にパワーダウン。頭の中まで響きわたる物凄い動悸と酸欠の水槽に入れられた金魚の呼吸、そしてシャワークライムでもしているかのような文字通り滝の汗。おかしい、体調がすぐれない。今朝の食い合せが悪かったのか?それとも・・・。考えてはみたものの、納得出来る答は見つからなかった。約30分毎に水分とニコチン補給を何度繰り返しただろうか、じわりじわりと高度を上げて行く。沢の分技点では地図と周りの景観を見比べながら慎重にルートを選択して行く。
 やがて水は細り、源頭の一雫となりそして涸れてしまった。ガレた沢を詰め、今度は支尾根に取り付く。凄まじいヤブだがしかし避けては通れない。跨いだり手でかわしたり出来る内はまだ良く、そのうち完全にもぐり込んでしまった。こうなるとトップを行くトクさんのルートだけが頼りだが、そのスピードは衰えずただ黙々とヤブを漕ぎ続けるパワーは驚くばかりだ。何だカンダ言ってもやはり群遊会のトップは彼を措いて他にはいないだろう。
 何時間経っただろうか、急登とヤブ漕ぎでもうヘロヘロ、体力も限界に近くなってきた頃、一気に視界が開けた。登りは緩やかになり巨木が点々と現われてきた。私は何の木か判らずトクさんに訊くと、恐く栂であろうと言った。ナルホド、栂の木が山頂にあるから栂峰か・・・。
と、突然道に出た。幅が一尋(ひろ)位あるだろうか、立派な登山道だ。しかも誰が(どこで)管理しているのか、綺麗に整備されている。頂上付近をウロウロすると展望場(米沢市街が一望出来る)や、何を祭ってあるのか祠(ほこら)や立て札を見つけた。乾杯用にとっておいたウイスキーを早速御神酒として献上する。二人して神妙に首を垂れ、一言二言呟いたかと思うともう御神酒を飲んでいるから困ったモンだ。
 暫くは心地良かった風も汗が引くと寒いくらいだ。山頂故かなりの強風が吹くのだろう、所々折れてしまった栂の木も見受けられる。長居は無用だろう。サア、後は下るだけだ。
二人共大腿四頭筋がかなり衰弱していて下りの踏ん張りが全く利かない。「♪走り出したらもう止まらない♪」で転がるように、いや転がって下って行くのであった。 (たけだ まさのり)

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