吉野鉱山

くぐり滝 小白府街道
 

  小白府街道

トップのメインページに戻ります。

加賀沢千軒跡を示す碑。南陽市赤山にある吉野鉱山跡。
宮内から吉野を経由して山形へ向う街道は小白府街道といい羽州街道・米沢街道の間道として江戸時代は通行料が安いことから多くの荷物がこちらを通ったという。おかげで羽州街道・米沢街道の宿場との摩擦も少なくなかったらしい。
さて、吉野地区の荻から水林に向かう道を登って行くと加賀沢千軒という場所がある。寛永年間、鉱山に従事する人々が住んだ千戸分の長屋があったらしい。吉野は昔から鉱山で栄えており、赤山や筋など吉野のあちこちに鉱山があった。また吉野での石膏原石採掘から始まった会社「吉野石膏」は今や、建築用壁材「タイガーボード」の会社として全国的に知られている。今の閑散とした山村からは想像もつかないが、昔は鉱山採掘のため人口も多く非常に賑わっていた。昭和になって日本鉱業が吉野鉱山を経営し、山形県内最大の鉱山となったが、カドミウムなど吉野鉱山の鉱毒により下流の赤湯などで吉野川流域の土壌は汚染されてしまった。1974年吉野鉱山は閉山に追い込まれている。

 

上へ戻る