米沢駅は明治32年、福島〜米沢間の奥羽本線開通により設置された。大正15年には今泉まで米坂線も開業している。難所、板谷峠越えを控えた場所だったため機関車の基地として広い構内と転車台を持っていた。しかし平成4年の山形新幹線開業によって駅舎は山形大学工学部内の旧米沢高等工業学校本館を模した駅舎に改装され、史跡としての米沢駅は保存を望む声が上がっていたにも関わらず失われていった。
米沢駅前の史跡としては常信庵がある。この寺には梅唇尼とされるミイラが現存する。このミイラは自然にできたミイラで日本では珍しいものである。梅唇尼は乙羽姫といい、奥州藤原氏に仕えた信夫庄司佐藤基治の妻で源義経に仕えた佐藤継信・忠信兄弟の母である。同じく米沢駅近くには佐氏泉公園もあるが、かつては八木橋の館といい佐藤基治の弟佐藤正信が住んでいたという。継信・忠信兄弟は佐藤正信の子であるともいい、常信庵にある祠は継信・忠信・正信を祀っているという。 |