荒砥北東の山裾には古刹、称名寺がある。称名寺は746年法相宗の行基によって開山され、のちに真言宗になったという。この古刹には戦国時代に活躍した山形の武人画家郷目貞繁による三幅一対の絵が伝わり、またキリシタン宗門の起請文や十字架も伝わる。江戸時代初期、白鷹町佐野原にはキリシタンの教会があり、多くの信者がいたが、幕府の弾圧が激化したために危険を感じた佐野原村の隼人らが誓詞として書いたのが起請文である。十字架は500〜600年ほど昔に外国で鋳造されたものという。称名寺のある場所は十王と呼ばれるが、その由来は称名寺を開山した行基が笈に入れて背負ってきたのが閻魔大王など十体の王像だったという。ここから十王の地名がつけられたともいう。この十王尊は浄玻璃の鏡や奪衣婆とともに称名寺に安置されている。
称名寺の裏に連なる山の上には白鷹町ふるさと森林公園が整備され、温泉施設の鷹の湯温泉「パレス松風」がある。 |