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| 東置賜の中央部にある高畠町夏茂は夏刈と津久茂(筑茂)という二つの地区が一つになってできた。津久茂は南北に米沢街道が通り、東に行くと高畠、西へ行くと川西町の小松に向かう交通の要衝である。明治にはイギリスの女性旅行家イサベラ・バードも新潟から十三峠を越えて小松から津久茂に出てから赤湯に北上した。 夏刈には戦国時代、伊達政宗の師である虎哉宗乙が寓居した資福寺があった。資福寺は鎌倉時代にこの地を統治した長井時秀により弘安年間に創建された。東北有数の寺院で関東十刹の一つに数えられ、学問文化の中心地であった。後に長井氏を滅ぼした伊達氏も資福寺を手厚く保護した。そのため伊達氏ゆかりのものが多く、資福寺跡には野手倉にも見られる伊達儀山政宗(独眼龍伊達政宗の先祖)と妻のものとされる墓があり、また独眼龍伊達政宗の父、伊達輝宗と重臣遠藤基信の墓がある。政宗が福島県二本松の畠山義継を攻めていたとき、輝宗は降伏を装った畠山に拉致され、息子政宗によって畠山もろとも銃撃され、落命した。遠藤基信は伊達家宿老で政治面で伊達家を支えたが、輝宗の悲報に接して殉死した。今は資福寺も廃寺となり、小さな祠があるばかり。非業の死を遂げた伊達輝宗と殉死した遠藤基信の墓もひっそり佇んでいる。時代の流れと一抹の寂しさを感じるものである。 |