| 上山市金瓶には斎藤茂吉に関わる史跡が並んでいる。斎藤茂吉は明治十五年金瓶の守谷熊次郎の三男として生まれた。明治二十一年、近隣の金瓶学校に入学した。その後、半郷尋常小学校に移り、高等科へ進学。さらに上山尋常高等小学校高等科と移っている。明治二十九年卒業して上京。医院を営む斎藤紀一に寄寓して開成中学に入学。後に茂吉は斎藤家の女婿として養子に入った。茂吉の生家の菩提寺は金瓶の宝泉寺である。茂吉は宝泉寺の住職佐原隆応を尊敬し、その書の影響を受けたという。現在、宝泉寺には隆応住職の墓に並んで茂吉の墓が建っている。ここには茂吉が亡くなった後に分骨された。 |