黒沢峠

越後街道  

越後街道

 

 
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横川ダムに水没する市野々宿で行われていた「飛泉寺跡遺跡緊急発掘調査」。市野々−黒沢を結ぶ黒沢峠の敷石道。江戸時代の1775年に整備された。

白子沢から桜峠を越えると市野々に至るが、今は市野々宿は無い。この一帯は横川ダムの建設により水没することが決まっており、周りでは付け替え道路の工事が進んでいる。家々も撤去され、工事事務所が見えるばかりだが、その一角で県埋蔵文化財センターが飛泉寺跡遺跡緊急発掘調査を行っていた。市野々と黒沢の間にある黒沢峠は十三峠の一つで江戸時代の1775年に改修され、3km余の敷石道が残されている。
(参考)「十三峠」
かつて置賜から越後へ向う街道を越後街道と呼んだ(越後では米沢街道と呼んだ)。現在の国道113号線のルートは明治になって鬼県令三島通庸が1885年に整備した「小国新道」で、江戸時代は米沢を出発して小松(川西町)‐松原‐手ノ子(飯豊町)‐沼沢‐白子沢‐市野々‐黒沢‐小国‐足野水‐玉川(小国町)と経て、越後国(新潟県)に至る街道であった。この街道は峠が多く、まとめて十三峠と呼ばれていた。現在は道路改良などで十三峠のうち、小さな峠は確認できなくなっている。

 

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