法泉寺・白子神社

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直江兼続が学館「禅林文庫」を創設した際、鎮守として建てられた法泉寺文殊堂。孔子を祀る聖堂は上杉鷹山によって「先聖殿」と名付けられた。
上杉鷹山は法泉寺庭園で詩会を催したという。写真は鷹山公の詩碑。白子神社。米沢では最も歴史が古い。
法泉寺は上杉家二代の上杉景勝が創建した寺で、初め禅林寺といった。その頃、上杉景勝の第一の重臣である直江山城守兼続がしばしば禅林寺に参禅に訪れた。文武両道に秀でた兼続はこの寺に「禅林文庫」という学館を創設して米沢藩士の教育を図った。法泉寺文殊堂はその「禅林文庫」の鎮守として慶安元年(1648年)に創建されたものである。元禄年間には藩主上杉綱憲(吉良上野介の子)が学問所を創設し、この境内に孔子を祀る聖堂「感麟殿」を建てた。その後、上杉鷹山公によって藩校「興譲館」が創設されると、「感麟殿」は興譲館の聖堂として鷹山公により「先聖殿」と名付けられた。また法泉寺庭園は上杉定勝の代に京都天龍寺の庭園を模して造られた。庭園では上杉鷹山公の詩会が催されたりした。
堀立川を挟んで東にある白子神社は和銅五年(712年)の創建とされ、米沢でも最も歴史の古い神社である。明徳年中には置賜一郡の総鎮守となっている。上杉鷹山は襲封の際、白子神社に誓詞を奉納している。

 

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