白龍湖・鳥上坂・臨雲亭

赤湯温泉詳細地図

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秋葉山の臨雲亭跡付近から眺めた白龍湖。
白龍湖。左奥に見える道路が鳥上坂。十分一山から見下ろした白龍湖と赤湯の町並。
鳥上坂の国道13号線沿いにはコスモスが植えられている。鳥上坂の西側の山の斜面から赤湯の街を見下ろす。
秋葉山の上にある文人が集った「臨雲亭」の跡。秋葉山山頂の秋葉神社。
赤湯の北東にある白龍湖と鳥上坂は昔から風光明媚な場所とされ、名勝「赤湯八景」に入っている(元禄年間に関原長秀によって選ばれたという)。上杉鷹山はこれら「赤湯八景」を画家の目賀田雲川に描かせ、莅戸善政、神保綱忠ら鷹山のブレーンが漢詩を添えて『丹泉八勝詩画』がつくられた。
「鳥も上れぬ鳥上坂」といわれた「鳥上坂」は米沢街道随一の難所であった。米沢藩の文人はこれを「羊腸」と表現している。現在の国道13号線は切通の新道になりスムーズにはなったが、急坂で今でも事故が絶えない場所である。秋になると沿道に秋桜が咲きほこる。
「鳥上坂」から東を望むと「白龍湖」が眼下に広がる。白龍湖は古代の置賜盆地に広がっていた湖の名残で、周辺には「大谷地」とよばれる湿地帯が南陽市から高畠町にかけて広がっている。大谷地周辺には日向洞窟や押出遺跡など縄文期の遺跡が多く見られ、古代から人々が暮らしていたことが窺える。大谷地は上杉家重臣で米沢城主直江兼続の家臣、春日元忠が高畠城代になって以来、安部右馬之助、石岡丹波、結城治部ら地元の武士によって開発されてきた。近年、排水工事が完成するまでは赤湯から舟で田んぼや白龍湖に行ける状態だったという。白龍湖はへらぶな釣りの名所で「むくリ鮒」という食べ物もつくられた。少し前まではボート乗り場もあったが、今では営業する人もなくボートにも乗れないようである。さて白龍湖周辺には「さぎ草」など湿地性植物が残っており、晩秋になると「雪迎え」(クモが空をとぶ)という現象が見られることもあり、貴重な自然が残っていた。だが近年は堆積物で湖底が極端に浅くなり、白龍湖消滅の危機と問題視されている。こういった自然も地元の貴重な財産であり観光資源である。是非、保護活動に取り組んでもらいたい。白龍湖を北から見下ろす十分一山はハンググライダーの名所。クモが飛ぶのは見られなくとも人が空を飛んでいるのは見られるかも。
白龍湖の名前の由来は赤湯の東正寺(とうしょうじ)の若い僧に恋をした娘が添い遂げられないのを悲しみ、湖に身を投げ、白龍となって天に昇ったことから名付けられたという。また別の話では赤湯の遊女が若い僧に捨てられ、湖に身を投げて白龍になって昇ったともいい、また雨乞いのため村の美女を龍神に捧げようと美女を無理矢理湖の底に沈め、沈められた女のすすり泣きが聞こえるともいう。一説には湖から立ち上る湯気(水蒸気)が龍に見えたことから「白龍湖」の名称がついたともいわれる。
鳥上坂の西、烏帽子山八幡宮の北に連なる秋葉山の山頂には秋葉神社と臨雲亭跡がある。「臨雲亭」は米沢藩の儒学者、松木魯堂が秋葉山頂に建てたもので米沢藩の歴史の執筆が行われたり、文人・墨客が集まり詩や文章を作って楽しんだ場所。結城豊太郎が建てた「臨雲文庫」の名もここから取られた。結城自身も臨雲豊と号している。この臨雲亭跡付近からも「白龍湖」を臨むことができ、近くには斎藤茂吉が白龍湖を詠んだ詩の案内板がある。
「沼の上に かぎろふ青き光より われの愁の来むといふかや」
鳥上坂や白龍湖周辺の斜面はぶどう畑になっており、直売所も随所に見られる。ワインの産地でもあり、訪れた際は是非味わってみたいところである。

(解説)【赤湯八景】
『雲夢樓(うんむろう)』『鳥路坂(とりじざか)』(鳥上坂)『白龍湖(はくりゅうこ)』『洞松寺(とうしょうじ)』(東正寺)『金澤(かねざわ)』『津田(しんでん)』(赤湯北町付近)『駁嶺(はくれい)』『觚堂(こどう)』の八つ

 

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