月山は標高一,九八〇mで出羽三山の主峰として信仰を集めた。頂上には月読命を祀る月山神社がある。これら月山などの出羽三山を開いたのは蘇我馬子に暗殺された崇峻天皇の皇子である蜂子皇子とされている。東には大雪城という万年雪、北の緩斜面には弥陀ヶ原という湿原が広がる。西の仙人沢には出羽三山の一つ湯殿山があり、南には弓張平のなだらかな高原と六十里越街道に面した志津の集落がある。本道寺から北西に山を登ってきた六十里越街道はここからさらに北西に向かって進み、峠を越えて庄内に入っていた。その道は旧国道よりもさらに東側の山中を通っているらしいが整備されず、今はよく分からない。志津はかつて宿坊が立ち並び街道を行き交う出羽三山の参拝者達で賑わっていたという。慶応三年までは毎年二万人ぐらいの止宿人があったそうだが、明治維新後は八千人くらいに激減した。集落の北端には御番所があったといい燈籠や碑が残されている。
「雲の峰幾つ崩れて月の山」 |