江戸時代に商人西村久左衛門が白鷹町黒滝の最上川を開削したおかげで、酒田からの船が最上川を遡って置賜地方まで来るようになった。米沢藩は宮に舟場をつくり、この地を米沢藩の米輸送の基地とした。また少し上流の小出にも舟場がつくられ、長井は最上川舟運と交易で発展したのである。明治になると宮と小出は合併して長井町を称し、ここから現在の長井市につながった。長井橋のたもとは今も舟場と呼ばれ、堤防には米沢藩の年貢米を収めた上米蔵跡を示す立札もある。その対岸には航行安全のために船乗りが信仰した船玉大明神の石碑が残されている。船玉大明神から南に続く最上川の堤防沿いには春になると「置賜桜回廊」のコースにもなっている「最上川堤防の千本桜」が咲き誇る。
(参考)「置賜桜回廊」
「置賜桜回廊」は南陽市、長井市、白鷹町の桜の名所を結んだもので南陽市には烏帽子山公園の千本桜、双松公園の眺陽桜・慶海桜、漆山の黄桜、長井市には久保の桜、下伊佐沢のかすみ桜、最上川堤防の千本桜、草岡の大明神桜、白兎のしだれ桜、白鷹町には釜の越桜、薬師桜、十二の桜、子守堂の桜、八乙女種蒔き桜などがある。 |